何らかの理由で、英語の臨床研究論文を読まなければならなくなった貴方へ。
日本一簡単な臨床医学論文の読み方をおくります。
本記事は、
- 抄読会などでやむを得ず英語の論文を読まなければならなくなった
- なるだけ簡単に臨床研究論文の内容を理解したい
- 英語の原著論文をさらっと読んで、ちょっと格好つけたい
そんな方たちのための記事になっています。
一つでも当てはまった方も、一つも当てはまらなかった方も、医学に携わる方なら読んで損のない内容だと思います。
論文を読むのが大嫌いだった現役臨床医 兼 臨床研究者でもある筆者が、英語論文の一番カンタンな読み方をお伝えしますので、ぜひお楽しみください。
他力本願に論文を読む
機械翻訳の力を借りて論文を探す
とりあえず論文を探すところから始めましょう。まず、パソコンの前に座ります。
(慣れたらスマホでも大丈夫ですが、最初はパソコンのほうが色々と楽ができます。)
ブラウザとしてgoogle chromeを使い、Google ScholarまたはPubMedという論文検索サイトを開きます。
気になる言葉(医学用語)を英語で入力して検索します。
(このとき日本語の医学用語から英単語が思い浮かばない場合は、ライフサイエンス辞書のシソーラス検索や日本医学会の医学用語辞典 WEB版で調べると便利です。)
そしてPubMedの画面の余白を右クリックして「日本語に翻訳」を選ぶ。
ハイ。これだけでOK。
おそらく他のブラウザにも、それぞれ翻訳機能がついていると思いますので、お好きなブラウザでとりえあず何も考えず「日本語に翻訳」を実行してみて下さい。
PubMedの検索結果には、ずらっと日本語に変換された論文タイトルが並びますので、それらの中から興味のあるものを選び、本文も再び「日本語に翻訳」すれば、面倒くさい英語論文を日本語で読みたい放題です。
(論文の選び方については、要望があれば別記事で紹介します。)
最近の機械翻訳は、たった10年前と比べて格段に質が向上しており、ある程度内容を理解できるものになりました。
またときどき奇跡の誤訳が爆誕して、思わず噴き出してしまうという楽しみもあります。
眠くなりがちな論文読解タイムの、良いカンフル剤になりますね(嘘)。
(余談ながら、カンフル剤とはかつては強心薬として使われていた樟脳のことだそう。
現在は主に虫よけとして使われている以外ではあまり見かけませんが、この慣用表現だけが残っているようです。)
google翻訳は100点満点とはいかないので、分からない訳に行き合ったときは、別の手を使います。
まず、論文の同じページを別のタブで開きます。
こちらは英語のままにし、日本語に機械翻訳したページと見比べながら、わからなかった翻訳の該当英語分をコピーし、AI翻訳ツールのDeepLに貼り付けます。
DeepLのフリーソフトをダウンロードしておけば、もっと簡単です。
翻訳したい場所を選択し、Ctrl+C2回を押せば自動的にソフト内に翻訳が表示されます。
DeepLは驚くほど高性能な翻訳ソフトであり、googleなどの機械翻訳よりも精度高く”読める日本語”になっています。
ここまでで、英語という言語の壁に関するあらかたのことは解決します。
論文初心者の場合は、ここまでしてもわからないときだけ、諦めて英文に向き合い、中高生時代の(決して大学ではない)英語知識を脳の片隅から引っ張り出して読む、というスタンスで良いと思います。
楽できるときは最大限に楽をすることが、ちょっと面倒なことを習慣化するコツです。
我々医療者の目的は、格好良く英文を読むことではなく、最新のエビデンスを知る(または抄読会をできるだけ楽にこなす)ことなのですから。
手元にある論文のPDFを日本語で読む
もし既に読まなければならない課題の論文をPDF ファイルで渡されている場合は、Doc Translatorが役に立ちます。
前者2つと比較するとちょっと使い勝手が悪いですが、PDF ファイルのまま英語論文を日本語に翻訳できる便利サイトです。
先述のDeepLのファイルアップロード版でもPDFの翻訳ができます。
ただし無料版の場合はPDFのファイルサイズに制限があり、有料版でもファイル数の制限があります。
上記PDF翻訳サイトが使いにくい場合、以下のやり方があります。
まず、PDFの読みたい部分を反転コピー(WindowsならCtrl+c)し、一旦Google Chromeの検索窓に貼り付けます。
これでPDFをコピーした時に出現して毎度面倒な、変なところでの改行がなくなります。
検索窓の文章をさらにコピー(WindowsならCtrl+aで全選択、Ctrl+cでコピー)してDeepLに貼り付ければ、あっという間に翻訳を見ることができます。
この改行をなくす手間すら省略したい場合は、Google Chrome拡張機能であるPDF Viewerをインストールして、そこでファイルを開くと、反転コピーした時点で改行を消してくれます。
あとは、そもそもPDFで文字を反転選択できない場合もありますよね。
多くの場合、それはPDF内の記載が文字として認識されていないせいです。
そんなときは、PDFがインターネットにアップロードしても良いものであれば、PDF OCRというフリーソフトで、画像データのテキスト部分を文字データに変換して、文字認識できるようにする「OCR化」を行います。
ドラッグ&ドロップだけで済むので楽ちんです。
これで変換がうまくいかない場合は、AdobeのサイトでPDFをWord文書に変換してからやってみても良いかもしれません。
カーソルで選択できるようになった文章を、翻訳アプリにコピー&ペーストして日本語にしても良いですし、先述のDeepLのファイルアップロード版は、PDFだけでなくWordファイルもドラッグ&ドロップで翻訳できます。
いや~あの手この手で論文を日本語で読むことができる、本当に便利な世の中になりました。
論文を日本語で読むことへの飽くなき執念に引かれそうですが、論文は中身を理解することが大事なので余計なコストをかけたくない、という方もきっと多いと信じています……大目に見て下さいませ。
なお、論文には著作権等がありますので、上記手法は問題が起こらないよう、自己責任の範囲で行ってくださいね。
以上、英語論文の読み方終わり。
……と、言いたいところですが。
ここで終わったら怒られる気がするので、論文の構造や読み方について、もう少しだけ見てみましょう。
以降は日本語に機械翻訳したもので読んでも、英語のまま読んでも大丈夫です。
なお、筆者はアメリカからの帰国子女なのに英語の読み書きが苦手です。
「表音文字(英語)より表意文字(漢字)の方が絶対にわかりやすい!」というのが持論です。
漢字のような表意文字は見た瞬間にその意味が理解できますが、英語のような表音文字は、一度脳内で音声に変換しないとその意味が理解できないからです。
そのため、論文を軽く読みたいだけのときは、とりあえず機械翻訳したものを使って大雑把に内容を把握して、意味が分からないときや詳しく知りたいときだけ英語の原文を見ることにしています。
……このことは、周りの臨床研究者にはナイショです。
論文の構造は超ワンパターン
まずは論文の構造を簡単に把握できるよう説明します。
論文の読み方だけ知りたい方は、次の章まで飛ばしてもらってもOKです。
ですが構造を知ると論文全体の構成が楽に把握できるようになるので、一読をオススメしておきます。
実は医学論文というのは、他の分野の論文よりも、圧倒的に読みやすいのだそうです。
忙しい臨床医が、さっと読むだけで内容が理解できるように、書き方の規格が統一されているからです。
論文は各項、もっと言えば各段落の何文目に何を書くかまで、お作法である程度決まっています。
つまり、どの医学論文も書き方は同じ(ワンパターン)なのです。
お定まりの論文の構造の大枠を知れば、論文の内容の全体像を把握することがかなり楽になります。
それでは、まずは一般的な論文の構造をみてみましょう。
医学論文は、研究の種類ごとにそれぞれ、書き方の手順を示した声明が出ており、多くの医学ジャーナルでは、その声明を元に執筆することが推奨されています。
有名なところでは、ランダム化比較試験のためのCONSORT声明、観察研究のためのSTROBE声明などですね。
各種研究のための声明はThe Equator Networkというサイトにまとめられていますが、症例報告を除いて、どの原著論文も大まかなつくりは同じです。
さっそく見てみましょう。
- タイトル Title
- 抄録 Abstract
- 背景 Introduction/Background
- 研究方法 Methods
- 研究結果 Results
- 図 figureと表 table
- 考察 Discussion
- 結論 Conclusion
まともな(査読付きの)医学原著論文は、専門領域に関わらず必ず上記のような構造となっており、例外はほぼありません。
書き方がワンパターンなので、読み方もワンパターンでOKです。
論文の構造を知って、自分なりの読む手順を1つ決めてしまえば、憧れのあのドクターのように、英語論文を短時間でさらっと読み流すことだってできるようになります。
……こう聞くと、メンドクサイ英語論文も、ちょっと読んでやろうという気になりませんか?
まずは、上記の論文のそれぞれの項目について、ひとつずつ簡単に説明しましょう。
1 . タイトル Title
論文の題名です。
有名雑誌では、「××患者の〇〇に対する△△の効果」または「××患者における〇〇と△△の関連」のような形が多いです。
どんな対象者に対して、何(原因や要因)と何(結果)の関連を示すのかを端的に表現したものです。
投稿規定が自由な雑誌だと、もう少しセンセーショナルなフレーズで読者の興味をひこうとするタイトルもあります。
面白そうなタイトルだと読みたくなる一方、急いでいるときは、内容がタイトルだけから推察できないところが難点でもあります。
2. 抄録 Abstract
本文の要約です。
研究として行ったことと、研究の結果分かったことを端的に説明しています。
抄録は一般に、300~400単語くらいで書かれることが多いです。
1words平均5文字として計算すると、 抄録は1500~2000文字くらい。
ツイッターの英語でのツイート上限が280字であることを考えると、抄録はツイート5~7個分。
……なんだか急に読めそうな気がしてきましたね。
3. 背景 Introduction/Background
論文の著者が「何故この研究が重要なのか」を語る部分です。
研究周辺の一般的な知識や、現在までに分かっていること、分かっていないことが端的に解説されています。
自分が研究の分野に詳しくない読者である場合、ここを読むことで、医学知識の概要や最近の大まかな流れが理解できるのでとても便利です。
4. 研究方法 Methods
書き手としては一番頑張ったところ、そして臨床研究者としては、一番精読するところ……なんですが、研究方法は、正直論文初心者の手にはちょっと余るのも事実です。
研究方法について一つだけ知っておきたいことは、論文の著者は、「知りたい要因(曝露または治療介入)を受けた群」と「受けなかった比較対象群」の両群を、適切に比較しようと必死に試行錯誤した結果として、ヤヤコシイ解析手法を使っているということです。
要は彼らの目的は「知りたい要因の本当の効果を知るために、両群を正しく比較したい」に尽きます。
コラム
「知りたい要因の本当の効果を知るために、両群を正しく比較したい」 とは何ぞや?
以下はこの疑問について、概要を知りたい方だけどうぞ。
(興味のない方はさらっと飛ばして次に行って下さい。)
たとえば、尿路感染症のある患者さん(P)に対して、抗菌薬を投与するかを曝露要因(E)、非投与群を対照群(C)として、死亡の有無をアウトカム(O)とした観察研究をやってみましょう。
(観察研究とは、研究のための新たな治療介入は行わず、通常の治療を含む臨床診療をそのまま「観察」する研究のことです。)
ここで、抗菌薬投与群(E)と非投与群(C)で、抗菌薬投与群(E)の方が死亡率が高かったとします。
この結果を見たとき、皆さんはどう思いましたか?
「なんと、尿路感染症の患者さんに対しての抗菌薬投与は、死亡率を高めるのか!
しまった! 今まで腎盂腎炎の患者さんには、尿と血液培養を取って、抗菌薬を投与していたよ!
よし、次からは尿路感染症の敗血症性ショックの患者さんに抗菌薬を投与するのはやめよう!」
と考えたでしょうか?
臨床慣れしている方なら、
「いやいや、抗菌薬を投与するかは患者さんの病状によって臨床医が判断するんだから、抗菌薬を投与した群(E)は腎盂腎炎などより重篤な状態で、非投与群(C)は単純性膀胱炎とか軽症なんじゃない?
つまり非投与群(C)は、そもそも臨床的に抗菌薬が不要な患者さん達なんじゃ……。
そうだとしたら、患者背景の全く違う抗菌薬投与群(E)と非投与群(C)の死亡率を単純に抗菌薬治療効果として比較したらダメでしょ!?」
という反論が出てくるのではないでしょうか。
ハイ、ご想像の通り、後者の考え方が正解です。
前者の考え方には、2つの誤解が含まれています。
①相関関係を因果関係と誤解している
②抗菌薬投与群(E)と非投与群(C)の違いを、抗菌薬治療の効果と誤解している
①相関関係を因果関係と誤解している
これは 「抗菌薬の投与と死亡率に関連がある」ことを「抗菌薬の投与で死亡が増える」と早合点していることです。
(相関関係と因果関係については、実は日本の義務教育ではほとんど習わないため、案外直感的な理解が難しいです。
初心者が学ぶなら、中室牧子先生・津川友介先生共著の「『原因と結果』の経済学―データから真実を見抜く思考法」(ダイヤモンド社)が非常に読みやすくイチオシです。)
② 抗菌薬投与群(E)と非投与群(C)の違いを、抗菌薬治療の効果と誤解している
先述の通り、 抗菌薬投与群(E)と非投与群(C)には、患者背景に大きな違いがあり、当然予後も異なります。
それをそのまま抗菌薬治療だけによる効果と履き違えてしまっているわけです。
このような考え方は、抗菌薬投与そのものの効果と死亡率の関連を歪める原因となります。
それが後述する広義のバイアス(特に交絡因子)です。
このように、 抗菌薬投与群(E)と非投与群(C)の死亡に影響する他の因子(患者背景など)が等しくて、両群を正しく比較できるかどうかは、とても重要です。
端的に言えば、両群をきちんと比較できるかは、研究の要と言っても過言ではありません。
これが 「知りたい要因の本当の効果を知るために、両群を正しく比較したい」 という言葉の意味です。
(こちらは臨床研究の統計手法も含んだ話であり、ちょっと難しいと思います。
興味のある方は、佐藤俊哉先生著の「宇宙怪人しまりす 医療統計を学ぶ」(岩波書店)で、丁寧に解説されているのでそちらをどうぞ。)
さて、なんとなく、イメージが湧いたでしょうか?
このあたり、すぐに理解するのは難しいと思います。
「へ~。臨床研究者ってなんか思ったより頑張ってんだな」くらいの感覚で次へ行きましょう。
研究方法の詳細に戻りましょう。
とはいえ自分を論文読解の初心者だと感じている方は、以下の方法についても読み飛ばして、次の「研究結果」のところに進んでしまってもOKです。
もう少し学びたいぞ!というやる気満々な人も、研究方法の内容については簡単に以下の4点だけ把握できれば、もう十二分といえるでしょう。
- 研究のセッティング
- 研究のデザイン
- バイアス
- 統計手法
①研究のセッティング
研究の実施場所と、データの収集開始日時と追跡期間をおさえましょう。
セッティングは、論文に書かれている研究の結果が、自分が働く臨床現場にも適用できるのかを判断するのに役立ちます。
②研究のデザイン
研究のデザインは沢山の種類がありますが、まずはざっくり、①介入研究と②観察研究 に分けると良いでしょう。
①介入研究は、研究のためにわざわざ治療などの「介入」を行う研究です。
トップジャーナルでよく見かけるランダム化比較試験(RCT)などはこれですね。
②観察研究は、特別な介入はせずにそのまま臨床でやられていることを「観察」する研究です。
(②はさらに縦断研究(前向きと後ろ向きがある)、横断研究、症例対照研究などに分けられるので、より詳しく知りたい方は、福原俊一先生著の「臨床研究の道標」が非常に丁寧に説明されており初学者にもオススメです。)
①の方がやるのが大変でお金もかかりますが、とくにRCTではより見たい治療の効果を見やすいという利点があります。
有名ジャーナルに載る研究はRCTが多いのは、このあたりが影響していますね。
ただどの研究でも見ることは同じで、論文から以下の4つをピックアップできればOKです。
- 研究対象者 Participents
- 効果を調べたい要因(治療介入 Interventionまたは曝露要因 Exposure)
- 比較対象 Control
- 興味のあるアウトカムOutcome
臨床研究界隈では、これらの英語の頭文字を取ってPICO(ピコ)、またはPECO(ペコ)と省略して呼びます。
基本的に①介入研究はPICO、②観察研究はPECOと思っておけばOKです。
ただ、②の観察研究には、曝露要因Eがたくさんある探索的研究や、プレディクションルール作成の研究などもあり、シンプルなPICO/PECOの形では表しにくいこともあります。
③バイアス
曝露要因とアウトカムの関連を歪めるものを広義のバイアス biasと呼びます。
広義のバイアスのうち、統計手法で調整できるものは交絡因子と呼ばれます。
ここらへんは詳細に説明しようとすると1記事では足りないので、今は「ふーん、そういうものなんだ~」と思っていて下さい。
ご要望があれば、また解説します。
ともあれ、交絡因子をそのままにしていると、 曝露要因とアウトカムの関連を勘違いしてしまうので、統計的に調整する必要があります。
一方、盲検化された大規模ランダム化比較試験では、理論的にはこの交絡因子はありません。
交絡因子を排除するための研究手法こそが、このランダム化比較試験だからです。
なので、交絡因子について考えるのは、基本的にはコホート研究や症例対照研究などの観察研究だけとなります。
④統計手法
どんな検定や解析をしたとか、交絡因子にどう対処するのかなどが書かれています。
統計に用いる検定や解析は、大きく以下の要因によって使うものがある程度決まっています。
- 結果の分布が正規分布か否か、など
- 効果を調べたい要因がいくつあるか
→カテゴリ変数(男・女など)か、順序変数(スコア○点など)か、連続値(〇〇kgなど)か、など - 結果がいくつあるか
→2値(生死など)か、3値以上(軽症・中等症・重症など)か、連続値(持続時間〇〇分など)か、など
ここは、最初の段階では「ふ~んそうなんだ~」程度の理解で十分です。
ある程度論文を読み慣れてきて気になったときに、少しずつ調べていきましょう。
5. 研究結果 Results
ここではその名の通り研究結果が示されますが、基本的に(アウトカムと関連する要素を探すための探索的研究を除いて)、研究の主な結果となるのは1つだけです。
最初にPECO/PECOで立てた仮説(介入または曝露要因とアウトカムの関係)が、研究の結果どうだと分かったのかを読みましょう。
ここではさらに追加で、副次解析やサブグループ解析、感度分析などの結果も列挙されることが多いですが、これらはあくまで探索的な研究の結果です。
悪意のある言い方をしてしまえば、様々な仮説をもとにたくさんの解析をしておいて、自分の論じたい結論に都合のいい解析結果だけを抜き出して書くことができる部分です。
大変興味深い内容ではありますが、鵜呑みにはせず、参考程度と理解しておきましょう。
6. 図 figureと表 table
論文で著者が何より伝えたい研究結果Resultsは、忙しい読者にパッと見でも分かりやすいよう図や表としてまとめられています。
図と表を見れば、筆者が論文で示したい研究対象者に関する情報や、重要な治療介入や曝露要因とアウトカムの関連が一目瞭然というわけです。
つまり、図と表こそが、論文の一番美味しいところです。
大抵の場合、figure 1とtable 1は、何を書くのかが最初から決まっています。
figure 1ではどんな研究参加者が登録されて、どんな参加者が研究対象となったのか、
table 1では研究参加者の背景(性別、年齢、病歴 etc…)
を述べるのがテッパンです。
研究の結果(治療介入/曝露要因とアウトカムの関連)はそれ以後の、figure 2かtable2に載せられています。
研究の結果は論文の要点とでも言うべきところですが、figure 1やtable 1も、どんな参加者(患者)に対して治療介入や曝露の効果が示されているのかが分かるため重要です。
本当に 「知りたい要因(曝露または治療介入)の本当の効果を知るために、両群を正しく比較」できているかや、自分の臨床現場に近いセッティングなのかを判断する上で欠かせません。
医学論文の場合、図表を見ただけで何について述べられているか分かるように、下に書かれた凡例 Legendに説明がついています。
ぶっちゃけ、図表だけを見てもある程度研究内容を理解できるのが、医学論文の良いところです。
7. 考察 Discussion
考察の1段落目には、研究の結果がまとめられています。
「それって研究結果 Resultと一緒じゃない!?」と言われればその通りです。
なので、 研究結果 Resultの方は読まなくても正直なんとかなる……ゲフンゲフン、結果について詳しく知りたい時に精読するようにしましょう。
(ちなみに研究結果 Resultのほうの存在意義は、詳細な数値の情報があることと、淡々と研究で出た結果の事実だけを並べている(というタテマエになっている)ことです。
考察 Discussionのほうの結果は筆者自身の解釈(主観)を含んでいるので、たまに「それは研究結果からはちょっと言い過ぎでは?」となることもあります。)
考察その次には、自分の研究と過去の研究との関係や位置づけ、研究結果に対する病態生理などの解釈が書かれます。
そして最後に、この論文の強み Strengthと限界(弱み)Limitationが示されます。
考察は少々長いですが、論文の著者が一番言いたいところですので、愛を持って読んであげましょう。
……と言いたいところですが、忙しい臨床医は美味しいところ取りをしたいですよね?
読むところを絞るなら、やはり限界 Limitationが一番注目したい箇所です。
限界 Limitationには、研究方法 Methodsのところでも出た、研究の要「知りたい要因の本当の効果を知るために、介入・曝露群と比較対象群を正しく比較」するうえで問題のあった点や、他の研究セッティング(臨床現場)でも、この研究の結果が適用できるのかなどが書かれています。
研究手法の質や、研究結果を自分の臨床に当てはめても役立つのかを知る上で欠かせない部分です。
(とはいえ、どれだけ素晴らしい論文でも、ひとつの臨床研究だけで実際の臨床診療が変わることは、ほぼありません。
これは大事なことなので、あとでもう2回言いますね。)
8. 結論 Conclusion
誰もが想像する通り、研究内容と結果をまとめたものです。
多くは2文程度で構成されています。
1文目はタイトルと同じく「××患者の〇〇に対して△△の効果を認めた」「××患者における〇〇と△△は関連があった」のような、研究で示された結果を端的に示します。
2文目は「この研究結果は、□□に役立つ可能性がある」のように、研究結果が臨床現場でどのように使えるのかを付け足します。
結論を読むときの注意点としては、内容を拡大解釈しないように気をつけましょう。大事なことなので早くも2回目です。
拡大解釈とは、例えば「 〇〇と△△は関連がある」を「 〇〇は△△を引き起こす」と勘違いする、研究結果がそのまま自分の臨床現場でも誰にでも適用できると考える、などの早とちりのことです。
このような勘違いは、患者さんに不利益を生じてしまう可能性があり、厳に慎むべきです。マジで。
ワンパターンで何でも読める! 超簡単な論文の読み進めかた
ここでは、筆者が公衆衛生大学院の教授から教わった方法をもとに説明します。
(より初心者向けに、筆者流に若干アレンジしています。)
めちゃくちゃお手軽なやり方なので、筆者も時間がない時に愛用しています。
やり方はシンプルに、以下の通りです。
- 論文をタイトル Titleで選ぶ
- 抄録 Abstractを斜め読みする
- 背景 Introductionの最初(その分野の背景とトレンド)と最後(研究の目的)を読む
- 考察Discussionの最初を読む
- 図 Figureと表 Tableを楽しむ
- 研究方法 Methodsをざっくり読み、面白い点や要点をつかむ
- 限界 Limitationの記載をチェック
- あとは必要に応じてじっくり残りを精読
それではさっそくトライしてみましょう。
1. 論文をタイトル Titleで選ぶ
まずはPubMedなどを使って論文を検索し、タイトルを見て適当に面白そうな論文を選びましょう。
論文の効率的な検索の仕方については、要望があれば別記事で紹介します。
2. 抄録 Abstractを斜め読みする
抄録は論文について簡潔にまとめられているので、その内容を把握するのに便利です。
あまり興味の惹かれなかった論文は、この段階で読むことを終えてOKです。
抄録を見て、論文の内容にさらに興味を持った場合、字数制限のある抄録だけで論文のすべてを知った気になるのは、どらやきの皮だけを食べて餡子を食べないようなもの。
満を持して、次の3.以降のステップに進みましょう。
3.背景 Introductionの最初と最後を読む
背景の最初の段落には、その分野の全体像とトレンドが書いてあります。
そのため、今読んでいる研究の学問的な立ち位置を知れるだけでなく、ぶっちゃけ初学者にとっては、臨床的に一番勉強になる部分です(笑)。
原著論文を一本を読んだところで、明日からの臨床が劇的に変わるなんてことはほぼありませんが、ある臨床領域の全体像や最近の流れを把握することは、医師として必須だからです。
逆にその臨床領域に精通している方は、ここは読み飛ばしてもOKです。
そしてきちんと書かれた論文では、背景の一番最後に、その論文の研究目的が綺麗にまとめられています。
ざっと論文の中身を把握するために、とりあえずそこだけは初学者もベテランさんも読んじゃいましょう。
4. 考察 Discussionの最初を読む
考察の最初の段落には、その研究で一番重要な結果が端的にまとめられています。
ここさえ読めば、結果 Resultの細かい記述を見なくても、主要な結果が分かってしまうというオトクさです。
5. 図 Figureと表 Tableを楽しむ
論文で著者が何より伝えたい研究結果Resultsは、忙しい読者にパッと見でも分かりやすいよう、図 Figureや表 Talbeとしてまとめられています。
著者はたくさんある研究結果の中から、最も強調したい内容だけを厳選してfigureやtableに示して、読者に分かりやすく伝わるように努力しています。
つまり図表は論文の一番美味しい部分なので、じ~っくり味わって下さいね。
先述の「論文の構造」でも触れましたが、
figure 1ではどんな研究参加者が登録されて、そのうち誰が解析対象となったのか、誰が解析対象から除外されたのか、
table 1では研究参加者の背景(性別、年齢、病歴 etc…)
figure 2またはtable 2以降に、 研究の結果(治療介入/曝露要因とアウトカムの関連)
が述べられているのがお約束です。
医学論文の場合、図表を見ただけで何について述べられているか分かるように、下に書かれた凡例 Legendに説明がついていることがほとんどです。(親切!)
そこを参照すれば、本文を読まずとも、大まかな研究内容がわかります。
6. 研究方法をざっくり読み、面白い点や要点をつかむ
これは、論文の研究手法に慣れるまでは難しいので、最初の頃は飛ばしてもOKです。
頑張ってみたいという方は、ざっくり読み(パラグラフリーディング)をしながら、面白い点や要点など、美味しいところだけを摘み取っていきましょう。
上に書いたような、①研究のセッティング、②研究のデザイン、③バイアス(特に調整する交絡因子)、④統計手法が、ぼんやりとでも把握できればサイコーですね。
7. 限界 Limitationの記載をチェック
考察 Discussionの後半部分から、限界 Limitationの段落を探します。
ここは、この論文の研究手法としての問題点や、研究の結果を適用できない患者群などについて書かれています。
要は、読者にツッコまれる前に、自分で自分の研究についてセルフツッコミをしているところです。
これを読むことで、この研究の問題点を吟味し、我々読者が研究結果を拡大解釈することを防ぐことができます。
8. あとは必要に応じて残りを精読
論文読解のコツは7まででおしまいです。
あとは抄読会などで発表する場合などは、必要に応じて残りをじっくりと精読すれば良いでしょう。
医学論文の臨床への適用方法
さて、大事なことなので3回目です。
ここまで頑張って論文を読んでもらったのに恐縮ですが、基本的に1つの原著論文の結果を元に臨床現場での診療行為が大きく変わることはありません。
あとから論文の間違いが発覚したり、別のセッティング(違う国や病院、対象患者さん)では適応できないと判明することも多いからです。
ですので、1つの原著論文を鵜呑みにして、実臨床に無理やり適用しては絶対にダメです。
「○○の論文に書いてあるから~」と診療行為を行うのは、エビデンスをもとに診療しているようで一見とても格好いいですが、その実、危険な行為でもあります。
必ずしも正しいかどうか分からない情報を、目の前に患者さんに当てはめてしまうと、患者さんも医療者自身も思わぬリスクにさらされる可能性があります。
筆者自身は法律にはあまり詳しくないのですが、医療事故裁判に携わる裁判官の方に聞いた話では、患者さんに何か不利益が生じて裁判などになった場合、判例上、正しい医療行為として判断される根拠となるのは日本の医療ガイドラインで、1つの論文では論拠として心もとないようです。
(一応、裁判時に資料としてつければ、参照はしてくれるようですが……)
なお、昨今のガイドラインは冒頭に「本ガイドラインは医療訴訟の根拠となるものではない」などの記載があったりしますが、裁判官の方曰く「たとえそう書いてあったとしても、普通に判決時の根拠として使います」とのことです。
最新エビデンスの実践者たる臨床医には、世知辛い世の中ですね……。
なお、あまり知られていませんが、日本の医療ガイドラインは、厚生労働省の委託事業としてMindsガイドラインライブラリにまとめられています。
キーワードで検索するのにとても便利で、google検索のように古いガイドラインだけを見つけてしまう可能性も低いのでオススメです。
なんとも面白くない結論になってしまいましたが、やはり臨床医にとって、原著論文は最新のエビデンスを得るための大事な手段です。
論文を楽しみつつ、思慮深く臨床診療に活かしていきましょう。
さらに勉強したくなった方へ
意外と論文の構造が単純なことを知り、それならもっと上手に臨床医学論文を読めるようになりたい!と思った方もおられるかもしれません。
そんな方には、後藤匡啓先生著の「僕らはまだ、臨床研究論文の本当の読み方を知らない。」をオススメします。
この本は全ページが「臨床現場の医師は、臨床研究をどのように解釈すれば良いのか?」という視点で書かれています。
研究の専門家でない人にとって、正直これ以上に分かりやすい本はないと思っています。
参考文献
- The Equator Network, The Strengthening the Reporting of Observational Studies in Epidemiology (STROBE) Statement: guidelines for reporting observational studies, https://www.equator-network.org/reporting-guidelines/strobe/
- ネル L.ケネディ, 「アクセプトされる英語医学論文を書こう! −ワークショップ方式による英語の弱点克服法」, メジカルビュー社, 2001
- 中室牧子, 津川友介, 「「原因と結果」の経済学―データから真実を見抜く思考法」, ダイヤモンド社, 2017