本記事を読んでほしい人
あなたの上級医が、病名ではないがイマイチよくわからない用語を頻用していると感じたことはないですか?
どの科もそうですが、それぞれの専門科ごとに、彼らにとっては「お約束」、でも専門外の人や勉強している途中の人にはときにチンプンカンプンな「共通言語」というものがあります。
頭でっかちと揶揄されることもあるほどエビデンスが大好物な我々ER型救急医の場合、会話のなかでは統計学用語やその概念を「共通言語」としてよく使います。
「えっ 統計学用語!? そんなの話してるの聞いたことないけど!」と思った人もいるかもしれません。
しかし皆さんは、たとえば以下のような会話をしたことはありませんか?
- レントゲンを見て「転倒の患者さん、膝が腫れてかなり痛がってますけど、骨折はないです」と言ったら、救急医に「レントゲンでは映らない骨折もあるからな~」と言われた。
- 腸閉塞既往のある腹痛と嘔吐の患者さんを診察・検査して「レントゲンで所見がないので、今回は腸閉塞ではなさそうです」と言ったら、「もっと詳しく評価するためにエコーやCT検査をしようよ」と言われた。
実はこれらはすべて、統計学的な背景知識をもとになされている会話です。
救急診療は確率論にもとづいて考える部分が大きいので、どうしても最低限の統計学的な知識が必要になります。
といっても難しいものではありません。
本記事では、あえて数式は一切使わずに、この統計学用語のイメージを掴むことを目的に解説します。
救急外来で診療を行ううえで非常に役立ちますので、あらかじめ知っておきましょう。
これを知るだけで、救急医たちがしょっちゅうしている会話が、なんとな~く理解できるようになるでしょう。
本記事では特に、
- ER型救急医がよく使う用語(共通言語)を理解したい
- 数式は一切使わずに、臨床推論で必須になる統計学用語のイメージを掴みたい
という方に読んでいただきたいと思っています。
私は救急専門医を持ち、看護師さんや研修医の先生たちのオンザジョブ、オフザジョブ教育に積極的に取り組んでいる医師で、ほぼ毎日、このような統計学用語を共通言語として使っています。
しかし私自身、救急医を専攻するまで、統計学用語のことなんて、よく分かっていませんでした。
私と同じゼロの状態から学ぶ人でも、これらの用語がイメージできるよう、どこよりも簡単な表現だけを用いて説明していきます。
「感度」と「特異度」
ERで臨床推論をするときに、最もよく使われる必須の言葉を2つ挙げておきます。
「感度」と「特異度」
大学教育を受けた方であれば、一度は学んだことのある統計学用語だと思います。
国家試験を受けてからまだ年数の経っていない人なら、計算式も覚えているかもしれません。
しかし、どんなときに使うのか、いまいちピンとこない人も多いかと思います。
研修医時代の筆者がまさにそれでした(笑)。
今回はイメージだけを掴んでほしいので、あえて計算式は載せません。
(必要でしたら別記事で解説します。)
救急外来診療とは確率論である
救急外来での診療は確率論(統計学)である、ということは、以前こちらの記事で紹介しました。
検査というのは、何かの病気を疑ったときに、実際にその病気である可能性(確率)が高いか低いかを調べるものです。
これから行う検査によって、ある病気がより疑わしいと判断するかどうかが決まることになります。
このときに一番簡単な考え方のひとつとして用いられるのが、「感度」と「特異度」です。
これらの質は、設定する閾値によって変化し「高い」「低い」と表現します。
使い勝手が良いのは「感度が高い」「特異度が高い」場合ですので、まずはこれらを見てみましょう。
「感度が高い」検査が陰性のとき、ある病気を否定できる
まずは「感度が高い」検査についてです。
「感度が高い」検査は陰性なら、疑っていた疾患の可能性は非常に低いと考えることができます。
つまり、「感度が高い」検査は、“ある病気をもれなく引っ掛ける検査“ということができます。
その裏返しとして、たとえこの検査が陽性でも、”その疾患であると決めつけることはできません“。
とはいえ、この「ある病気」がすごく疑わしいときには、その疾患を完全に否定できるわけではないので注意が必要です。
(これについては下の検査前確率と尤度比の項でお話しましょう。)
そのため「感度が高い」検査は、「ある病気の可能性は低そう……でも万一見逃したら致命的なので、念のために調べておこう」というときに好んで使われます。
典型的な病歴や症状ではないけれど、鑑別に挙がっており、なかなか否定しにくい……という時ですね。
例として、罹患リスクのあまり高くない人の「肺塞栓」を否定したいときに用いる、「D-dimer」検査などがあります。
「特異度が高い」検査が陽性のとき、ある病気と診断できる
次に「特異度が高い」検査についてです。
「特異度が高い」検査は陽性なら、疑っていた疾患の可能性が非常に高いと考えることができます。
つまり”ある病気を決め打ちする検査“ということができます。
これは、もしも所見があればある意味ラッキー!診断がついた!くらいの感覚です。
その裏返しとして、たとえこの検査が陰性でも、”その疾患を否定はできません“。
これも感度の検査と同様、使うときには注意が必要です。
特異度の高い検査が陽性だとしても、実はそれよりもっと可能性の高い疾患があり検査をしていないだけ、なんてこともあります。
あるいは、その疾患であるのは間違いないものの、他の疾患を合併していることもあります。
最初から「この疾患に違いない!」と決めつけて、その疾患の確定診断を得るための検査だけをする、ということ(通称”一本釣り“)はやめましょう。
結局、格好いい統計学用語を使ったところで、臨床推論においては、主訴や現病歴を正確に聞き出し、十分な鑑別診断を挙げることこそが大事なのは、変わりません。
筆者は研修医の皆さんに、検査をする前に、最低でも合計6つ、よくある疾患(common disease)3つと危険な疾患(重症度の高い疾患)3つの鑑別診断を頭の中で挙げるように指導しています。
よくある疾患(common disease) | 危険な疾患(重症度の高い疾患) |
肺炎 尿路感染症 慢性硬膜下血腫 | 敗血症 脳出血 脳梗塞 |
感度と特異度、この2つの用語を知っているだけでも、検査の見方が変わり、周囲に一歩先んじることができます。
もっと勉強したい!という方は、「検査前確率」と「尤度比」を学んでおくと、より良いでしょう。
「検査前確率」と「尤度比」
検査前確率
検査前確率とは、文字通り、ある病気を疑ったときに「検査をする前に、患者がその病気である確率」のことです。
分かるような分からないような……という感じですね。
「そもそも、検査をする前に病気である確率なんて分かるの?」という質問が聞こえてきそうです。
正直に答えれば、「正確にはわかりません」。
実臨床では、患者さんの基礎疾患や病歴、身体所見のほか、自分の勤めている病院に来院する患者さんの中での有病割合など、いろいろな情報からおおまかに推定することが多いのが現状です。
検査前確率は、このような事前情報と、実際に診療した医療者の臨床感覚を統合して、暫定的に決めています。
たとえば「急性発症の胸痛」の患者さんが救急外来を受診したとしましょう。
そのキーワードを聞いた瞬間、多少救急外来に慣れた医療者なら、「心筋梗塞」が鑑別の一つにあがると思います。
以下の2人の患者さんを例に、検査前確率について考えてみましょう。
Aさん | Bさん |
78歳、肥満体型の男性 【既往歴】糖尿病、高血圧症、高脂血症 【内服薬】なし (治療を自己中断) 【家族歴】突然死なし | 16歳、痩せ型の男性 【既往歴】なし 【内服薬】なし 【家族歴】突然死なし |
診察室に入って来たときの、この2人の「心筋梗塞らしさ」はまったく一緒でしょうか?
多くの人は、「いや、Aさんは心筋梗塞っぽいけど、Bさんは違う病気じゃない?」と思うのではないでしょうか。
このようなとき、「この2人の検査前確率は違う」、というふうに考えます。
手短に問診してみると、なんとこの2人の現病歴は全く一緒でした。
「道を歩いていたときに、特に誘因なく胸の押さえつけるような痛みが発生し、脂汗が出た」というのです。
はて。同じ症状なら、同じ病気でしょうか?
「同じ症状なら同じ病気じゃない?」と考えた方、よくわかります。
「う~ん……やっぱり違うと思う」と思った方、冴えてますね!
いったい、この2人の違いは何なんでしょうか。
1つは年齢です。
高齢者の心筋梗塞は比較的よく見ますが、10代の方の心筋梗塞は珍しいでしょう。
2つ目は既往歴です。
Aさんは心血管疾患の発生リスクが高くなる疾患を持っており、しかも治療を受けていない状態です。
一方のBさんは、何の心血管リスクも持っていません。
(こういうときには必ず、本人だけでなく親御さんにも連絡し、先天性心疾患や川崎病の既往などを確認しておきましょう。)
このような患者さんそれぞれの情報が頭にあるため、このAさんとBさんが心筋梗塞である可能性(確率)が全く同じだとは考えません。
このとき感じた、救急外来の診察室に患者さんが入室し、問診した時点での「心筋梗塞らしさ」、すなわち心筋梗塞である可能性(確率)を検査前確率と言います。
そしてこの検査前確率に検査を追加することによって、どのくらい心筋梗塞らしさが増えるかを考えます。
追加した検査のあとの「心筋梗塞らしさ」、すなわち心筋梗塞である可能性を、検査後確率と言います。
このとき、心筋梗塞らしさがどのくらい増加(または減少)するかを示す指標を、尤度比と言います。
陽性尤度比と陰性尤度比に分けられますが、単に「尤度比」というときは、陽性尤度比を指すことが多いです。
尤度比は正の値をとります。
陽性尤度比が高ければ(陽性尤度比>1のとき)その疾患の可能性は高くなり、陽性尤度比が低ければ(陽性尤度比<1のとき)その疾患の可能性は低くなります。
陽性尤度比=1の場合は、検査の前と後でその疾患である確率が変わりません。
このような検査はやっても意味がありませんね。
尤度比は非常に高い時と低い時に役に立ちます。
具体的には、特に尤度比>10、尤度比<0.1の検査は検査後確率を大きく変化させるため便利です。
今回は心電図の検査を使って、「心筋梗塞らしさ」すなわち心筋梗塞である確率を考えてみましょう。
ここでも分かりやすくするために、AさんとBさんの心電図のST変化はほとんど同じものだということにします。
検査前確率からこの「尤度比」を用いて検査後確率を調べる方法があります。
オッズを用いて計算することができるのですが、その値をもっと簡単に算出できるように、ものさしが3つ並んだような図が使われています。
Faganらにより提案された「ノモグラム」と呼ばれるものです。
(必要でしたら別記事で解説します。)
さて、救急外来に来たAさんとBさんの話に戻りましょう。
例えばAさんの心筋梗塞らしさ(検査前確率)が60%、 Bさんの心筋梗塞らしさ(検査前確率)が10%としましょう。
心電図でST変化があれば、Aさんの心筋梗塞らしさ(検査後確率)は一気に跳ね上がります。
たとえば、この時の心電図のST変化による尤度比(陽性尤度比)を5としましょう。
検査前確率60%の患者さんで尤度比5の検査が陽性だった場合、計算をするとAさんの検査後確率は約90%となります。
(これはオッズ比で計算することができますが、今回はイメージだけを掴んでほしいので、あえて計算式は載せません。必要でしたら別記事で解説します。)
心筋梗塞の確定診断は緊急心臓カテーテル検査(心カテ)です。
あなたは上級医と相談して循環器内科の先生を呼び出しました。
循環器内科の先生は、カテーテル室に連絡した後にエコー検査をしながら、「すぐに心カテをします」というかもしれません。
あるいは「症状は典型的だけど、心電図の ST 変化とエコー所見が微妙なので、トロポニンの数字を待ちます」と言うかもしれません。
(後者の場合、あなたは来院時の採血でトロポニンをオーダーしていた自分に安堵することでしょう。)
このトロポニン検査結果が出るのを待っているあいだ、病歴を聞いて心電図を取ってエコー検査をした患者 A さんの心筋梗塞らしさは、トロポニン検査に対しての検査前確率と言います。
このように検査後確率は、次の検査を前にすると検査前確率になり、再び検査による尤度比から検査後の心筋梗塞らしさ(検査後確率)を得ることになります。
検査をひとつひとつ積み重ねていき、ある疾患である確率が十分に高い、あるいは治療を始めた方が良いと判断されるところまで調べていきます。
検査を経るごとに検査後確率は、検査前確率にスライドしていくのです。
さて、Aさんは採血の結果でトロポニンが上がっていたため、循環器の先生が緊急カテーテル検査に連れて行くことになりました。
次に、Bさんの診断について考えてみましょう。
B さんの心電図にも、Aさんと似たような ST 変化(検査の尤度比5)があったとしても、Bさんの心筋梗塞らしさ(検査後確率)はAさんほどには一気に上がりません。
おそらくあなたが心電図を引っ掴み、慌てて上級医のところに走っても、「うーんこれ、早期再分極じゃないの? ミラーイメージもないし。他の鑑別疾患は考えた? レントゲンは撮った?」などと言われる可能性が高いです。
実際に計算してみると、Aさんの場合とは違い、検査後確率は約36%となります。
結局、Bさんはその後撮影したレントゲンで、自然気胸が見つかりました。
それほど大きな気胸ではなかったため、呼吸器科先生と相談の上、今回は保存的に加療することが決まりました。
(なお、このような高身長の若年者の胸痛では、マルファン症候群の大動脈解離なども鑑別にあげてくださいね。)
このように検査前のある疾患である確率の高低によって、同じ尤度比の検査でも検査後の疾患の確率が変わるところが、とても面白いところです。
さて、検査前確率と尤度比、検査後確率の関係が、なんとなく分かったでしょうか?
おさらいとして、一番最初に挙げた例に戻ってみましょう。
復習
- レントゲンを見て「転倒の患者さん、膝が腫れてかなり痛がってますけど、骨折はないです」と言ったら、救急医に「レントゲンでは映らない骨折もあるからな~」と言われた。
- 腸閉塞既往のある腹痛と嘔吐の患者さんを診察して「レントゲンで所見がないので、今回は腸閉塞ではなさそうです」と言ったら、「もっと詳しく評価するためにエコーやCT検査をしようよ」と言われた。
1つ目は、レントゲンでうつる骨折は、「特異度は高い」けれど、「感度は低い」ため、身体所見から骨折が疑われる場合は、「より特異度も感度も高い」CT検査を推奨された例です。
あるいは身体所見から、検査前確率が高いため、尤度比の低いレントゲンでは、検査後確率が十分に下がらない、という考え方でもOKです。
実際、脛骨高原骨折は、レントゲンでは分からないことも多いです。
これは関節面の骨折であることから患者さんの機能予後に影響するため手術適応となることも多く、救急外来できちんと診断するか、早期に整形外科を受診してもらいたいですね。
2つ目の例も同様に、腸閉塞に対するレントゲン検査は、エコーやCT検査より感度・特異度ともに低く、より感度や特異度が高い検査が必要と判断された状況です。
または患者さんの既往や症状から、1つ目と同じように検査前確率が高いため、尤度比の低いレントゲンでは、検査後確率が十分に下がらない、という考え方もできます。
腸閉塞はCTでも読影が難しいこともあり、診断はやっかいですが、特に絞扼性の場合、命に関わるため、その場で診断できることが望ましいでしょう。
余談ですが、エコーで小腸が拡張していたり(keyboard sign)、腸管内容物が行ったり来たりして進んでいない様子(to and fro)の所見は、腸閉塞の診断に便利です。
なお、一息に説明しましたが、これらの検査や治療を行う閾値(検査閾値や治療閾値と呼びます)は、それぞれの疾患の重症度や、検査や治療の安全性などによって異なります。そこはひとつずつ地道に勉強していくしかありません。
検査前確率や尤度比は現場での肌感覚で学ぶことも多いですが、実際の数字を見てみたい!尤度比を使ってみたい!という方は、まとめサイトや書籍を見てみるのもよいでしょう。
ちなみに先に説明した「感度」「特異度」の利点は、「尤度比」を考えるのに必要だった「検査前確率」が不要な点にあります。
実際の臨床現場では、「検査前確率」は分からないことが多いからです。
「感度」と「特異度」は、「検査前確率」が分からなくても使えるため、多くの臨床医に重宝されています。
さて、これら「感度」「特異度」「尤度比」「検査前確率」「検査後確率」の用語を知ることを通して、ER 型救急医たちが何を議論しているのかイメージしやすくなったのではないでしょうか。
またこの知識を持つことによって、救急外来診療を確率論として捉えることができるようになります。
このような統計学の知識は、あなたの診療を明日から、いえ、今日から変えるものとなることでしょう。
それでは、より良い救急外来ライフをお送りください!
参考文献
- Akobeng AK. Understanding diagnostic tests 2: likelihood ratios, pre- and post-test probabilities and their use in clinical practice. Acta paediatrica. 2007;96(4):487-491.
- BellCurve統計WEB, 統計用語集, https://bellcurve.jp/statistics/
- 田中 和豊, 「問題解決型救急初期診療 第2版」,2011.
- JAMA evidence, 「医学文献ユーザーズガイド 根拠に基づく診療のマニュアル 第3版」, 「第18章 診断検査」, 2018