普段テレビやネットニュースを見ていると、医療訴訟の話題が流れてくることがあります。
中には、「えっ そんなことで訴えられるの!? 適切な医療にしか見えないけど!?」と医療従事者が衝撃を受けるような内容も少なからずあります。
皆様も、どうすれば患者さんに訴えられずに済むのか、あるいは万一訴えられても自分の身を守れるのか、不安に思ったことはないでしょうか?
医療従事者が自身を守る最大の手段の一つが、正しくカルテを記載することです。
なぜなら、訴訟をはじめとする法的な場では基本的に、文章化されたものだけが動かぬ証拠と見なされるからです。
そして我々にとっては大変身近なカルテは公文書、またはそれに準じる存在。
証拠としてこれ以上に強力なものはそうありません。それを書くことができるという時点で、我々にはトラブルに巻き込まれたときの強い味方がいると言えます。
医療訴訟のリスクが最も高い場所の一つが、救急外来です。
特に土日祝日や外勤先でのトラブルが多いとされています。
救急科専門医である筆者は、多くの救急外来でそこそこ長く働いており、様々なクレームにも対応しています。
(実は研修医時代からクレーム対応が結構好きで、怒鳴っている患者さんを見ると近づいていく、かなりの変人でした……)
そして実際に、カルテによって訴訟のリスクを回避できたこともあります。
この記事をこんな挑戦的なタイトルにしたのは、研修医の先生方をはじめとする数々の医療従事者のカルテが、医療行為自体は医学的に間違っていないにも関わらず、「万一患者さんに訴えられたら負けるな……」と感じてしまう内容のものが多かったためです。
筆者自身、カルテの書き方については、有名な総合プロブレム方式など、いくつかの本や講義・ワークショップなどで勉強してきました。
大変勉強になり、自分自身のカルテ記載のやり方にも取り入れていますが、さすがに訴訟に対して身を守れるカルテの書き方について、詳しく解説されているものに出会うことはありませんでした。
そのため今回は、そこに主眼をおきつつ、日常臨床でも役立つカルテ記載のエッセンスをお伝えします。
もちろんいかに素晴らしいカルテを書いたとしても、診療で問題(これは医療過誤という意味ではなく、患者さんの期待から外れること全部です)が発生すれば、絶対に訴えられない!なんてことはありません。
そのため今回の記事では、単なる自己防衛のためのカルテの書き方ではなく、患者さんにどのような説明をしてカルテに書くのか、という診療のやり方にまで深く切り込んでいきたいと思います。
患者さんやそのご家族からのカルテ開示請求や万一の訴訟があったときに、自分の行った医療行為が適切であったことが、正しく評価してもらえるようなカルテを目指しましょう。
本記事は、
- カルテの書き方に自信がない
- 救急外来のカルテの定型的な書き方を知っておきたい
- 訴訟されにくいカルテを書けるようになりたい
- ついでに救急外来での訴えられにくい患者診療のコツも知りたい
そんな方たちのための記事になっています。
一つでも当てはまった方も、一つも当てはまらなかった方も、読んで損のない内容だと思います。
もちろん、本記事を読めば絶対に訴訟されない!なんてことは残念ながらありません。
筆者自身も毎日、怖いと思いながら診療をしています。
それでも、いざというときの備えをしておくことは、きっと貴方の将来に役立つと信じています。
心に留めておきたいことは、
・カルテは診療の一部であり、患者さんの診療と表裏一体の関係にあること
・救急外来では訴訟のリスクは常に身近にあり、医療行為が正しいかとは必ずしも関係がないこと
です。
ひとつずつ丁寧に解説していきますが、先に結論をお伝えしておくと、カルテ記載で重要なポイントは以下の3つです。
- カルテの内容を一連のストーリーと考えて、すべてのパートが矛盾しないように書く
- SやOに、鑑別診断に必要な陰性症状や陰性所見をすべて書く
- A/Pの部分は、以下の3つのパートに分けて書く
①見逃してはいけない鑑別疾患についての評価
②最も疑わしい診断とその治療と効果
③今後の方針(症状が良くなったとき、変わらないとき、悪化したときの3パターンに分けて考える)
たったのこれだけです。
何度も医事訴訟で意見書を求められている救急の大御所の先生や、医事訴訟の勉強が趣味の先生方から教えて頂いた、裁判官の判断を左右するカルテ記載の大事なポイントなどもふんだんに散りばめながら、普段の実臨床にもすぐに役立つカルテの書き方を解説していきます。
現場で働く医師のリアルなノウハウをお伝えしますので、長くなりますが、お楽しみ頂けると嬉しいです。
それでは、一緒に救急外来のカルテの書き方についての勉強をはじめましょう。
救急外来の前提
まずはカルテを書く上で重要な背景となる、救急外来という場所の特殊性を考えていきましょう。
救急外来は医療従事者・患者さんがお互い初対面の状態であり、信頼関係も構築されていません。
また、急に病状が悪化したり、後から別の疾患が見つかることが多い現場です。
結果、医療従事者と患者間の些細な行き違いが訴訟につながることもあります。
その際に記録の不備があると、身を守るものはどこにもありません。
あなたが「どのような説明をして、誰と相談し、患者さんや家族がどのように希望した結果、その後の治療方針を決めたのか」、また「その方針に患者さんやご家族が同意されたのか」をきちんとカルテに残しておく必要があります。
あなたがどれだけ丁寧に口頭で説明したとしても、カルテに記載されていないというだけで「説明されていない」、法的には「説明義務違反」と判断される可能性があるわけです。
万一訴訟になった場合、残念ながら裁判官の多くは医療に関しては患者さんと同じ素人です。
彼らは、我々医療従事者が常識だと思うことも、カルテに明示されていなければ理解してはくれません。
また、カルテに嘘の記載はできない以上、診療が適当なのにカルテだけ訴訟対策は完璧!なんてことはあり得ません。
正しいカルテの書き方は、正しい問診や診療と表裏一体です。
正しい問診のやり方を学ぶことは、訴訟を避ける上でも一生役立つ必須知識です。
もしまだ読んでおられない方がいれば、こちらの問診のやりかたに関する記事もあわせて読んで頂ければと思います。
当ブログの人気記事トップ3の1つです(2023年1月現在)。
訴訟にならない診療をするコツ
カルテの書き方の本論に入る前に、訴訟を起こしにくくするための、とっておきの方法をお伝えしておきましょう。
それは以下の2つです。
①に関しては、お子さんや小柄な人が相手なら、きちんとしゃがみます。
言葉での意思疎通が難しい人でも、必ず患者さん御本人の目を見て挨拶します。
少し微笑むと、あなたのプロとしての余裕が伝わってより素敵ですね。
これによって、医療従事者が患者さんをひとりの人間としてみていることが、相手やそのご家族にしっかり伝わります。
医療従事者と患者さんの間に上下関係はなく、対等な関係である、という姿勢を示すことができ、その後の問診や検査への協力が得やすくなります。
②に関しては、医療従事者のほとんどは、患者さんに対してこのように考えていると思います。
しかし、皆シャイなのか、それとも仕事で感情を表に出すのは良くないと考えているのか、それを表に出す人は少ないように感じます。
それではあなたのプロ意識や優しさが相手に伝わることはありません。
あなたの気持ちを、あえて言葉や態度で表すことで、患者さんと対立する存在ではなく、患者さんと同じゴール(病気を治す、症状が良くなる、楽になる)を向く存在であることを、患者さんやご家族に理解してもらいましょう。
結局のところ訴訟が起こる原因の多くは、ミスコミュニケーションの積み重ね。
患者さんの「自分の辛い思いを取り合ってもらえなかった」という気持ちが積もり積もって怒りとなり、訴訟にいたることも多いようです。
カルテの書き方
それではさっそくカルテの書き方を見ていきましょう。
さて、皆様はカルテの書き方をご存知ですか?
この質問には、「当然! SOAPで記述すれば良いんでしょ?」という返事が聞こえそうです。
おっしゃるとおり、カルテはS(Subjective)、O(Objective)A(Assessment)、P(Plan)に沿って記述すればOKです。
では少し質問を変えましょう。
皆様は、カルテの書き方を習ったことがありますか?
OSCEでなど少し勉強したあとは、現場で実際に書きながら覚えた?……筆者も同じです。
臨床に出てから「カルテはこのように書きます」と習った方は、実は多くないのではないでしょうか。
しかもカルテは外来、病棟、ICUなどそれぞれの書き方があり、それらは全くの別物です。これらの型をすべて系統立てて習った、という人は少ないと思います。
さらに言えば今回のテーマである「訴訟されにくいカルテの書き方」を習ったことがある人は、もっと少ないでしょう。
カルテの書き方をそれなりに勉強してきたつもりの筆者自身も、未だかつて系統立てて習ったことはありません。
かわりに、尊敬する上籍医の先生方が診療の現場で教えてくださったエッセンスを、ひとつひとつ積み上げて学んできました。
そこで今回は、皆様にとって訴訟のリスクが高く、そして忙しい中で一番書くことが多いと思われる、軽症~中等症の患者さんの救急外来のカルテを中心に、その書き方について解説していこうと思います。
「え? 軽症や中等症の患者さんなら、重症患者さんと違って悪化する可能性も低いし、訴訟のリスクなんてそこまで気にしなくてもいいんじゃ……?」と思った方。実は逆なのです。
救急外来では我々医療従事者は、患者さんの病気の経過の一地点を見ているに過ぎません。
診察後に病状が軽快する人もいれば、悪化する人もいます。
多くの重症患者さんは、当然のことながら病気になる前は普段どおりであり、徐々に病状が悪化していくため、早期に診察すれば、一見軽症です。
逆に診察室では一見ぐったりしていても、そのまま自然に軽快する疾患であれば、無治療でも良くなることも十分あり得ます。
このように症状が変化することは医療従事者にとっては常識ですが、患者さんにとってはそうではありません。
多くの患者さんにとっては、救急外来でされた暫定的な判断が唯一の「確定診断」であり、治療によって必ず”良くなる”と信じています。
そして何の説明もなくその期待から外れることがあれば、その時点で診療を行った医師は”ヤブ医者”、病院は”誤診した”と判断されてしまいます。
そんな中で、誰の目にも重症ではなく見えた患者さんだからこそ、自然の経過で病状が悪化したときに、ご家族は「何か大きな医療ミスがあったのではないか?」と疑い、訴訟が起こりやすいのです。
そのため、病状が軽快することも悪化することもあることを、患者さんへの実際に説明すること一番重要です。
そしてそれを記録として残すカルテでは、それに対応するA(アセスメント)の部分が最も重要ということになるでしょう。
つまり、病状が悪化したときの対処法を患者さんやご家族に説明し、Aの部分にきちんと書くことが、訴えられないカルテの大原則です。
このことを、お粗末なカルテを書いていた研修医の頃の自分に教えてやりたいものです。
今にして思えば、ずいぶんと危ない橋を渡っていました。
それでは訴えられないカルテの大原則を踏まえた上で、まずはカルテ全体の書き方について見ていきましょう。
バイタルサインに異常があるような重症患者さんの場合は、治療介入をしながら全身観察を行うことになるため、カルテ記載の方法が異なります。
OとAを完全に分けることができないため、Oに評価や解釈とそれに対して行った処置とその反応、簡単な方針も記入した方が読みやすくなります。
今回は長くなりすぎるため説明できませんが、今後需要があれば、記事にするかもしれません。
カルテは1枚のストーリー
これはどのカルテの書き方の参考書にも書いてないと思うのですが、救急外来で書く1ページのカルテは、実は一連のストーリーになっています。
このストーリーは、いわゆる小説の起承転結とは少し違います。
しかしカルテもSOAPの流れの中で、ひとつの物語のように書く必要があります。
特に重要な点のひとつが、SやOで張った伏線を、Aで丁寧に回収するということです。
(Pは救急外来のカルテにおいてはエピローグの役割なので、あまりメインになりません。)
この伏線回収ができていないと、他の人が読んだときに矛盾のあるカルテになってしまいます。
例えばOで書いた異常所見をAで評価せずに放置すると、他の人が読んだとき「ツッコミ待ちか!?」と叫びたくなります。
皆さんも小説やドラマを見ていて、「あの人物、思わせぶりに黒幕らしく登場したくせに、ラストには影も形も出てこなかったけど何だったの!?」と思ったことが一度はあるかと思います。
また逆に、Oで疾患を疑ったときに評価するべき身体診察や検査所見がないのに、Aでいきなり確定診断がされていると、読んだ人は「どっから出てきたこの疾患!?」と驚いてしまいます。
気持ちとしては、推理小説を読んでいたら、最終章で初登場した人物が急に犯人として捕まり「えっ誰この人!? 今までの推理描写は!?」となる感じです。
そんなわけで、救急外来でカルテを書くときは、一つの物語を紡いでいる気持ちで綴りましょう。
最後に診断がつくという点では、推理小説やミステリーに近いのかもしれません。
この考え方は、一般外来のカルテにも応用できると思います。
「医師1人につき1枚」というのが私の回答です。
救急外来では患者の病状が変化しやすいため、時間ごとに別のカルテを書いたほうが良い、という意見もあります。
一理あるのですが、筆者は救急外来初心者にはオススメしておりません。
それは、救急外来勤務の特性上、必ずしも自分が診た患者さんの主治医にならないことも多いからです。
後から診療する医師や医療従事者が目を通してすぐに理解できるようにするには、受診時から入院/帰宅までを1つのカルテにまとめて記載する方が向いています。
特にカルテの書き方を体系的に学んでいない方の場合は、カルテは1枚にまとめたほうが内容に矛盾なく正確に書きやすく、自分自身で後から見直したときに復習しやすいという点でも優れています。
一方、1枚にまとめると言っても、複数の医師が1人の患者さんを見た場合、医師の人数分はカルテがあって構いません。
特別な指示がない限り、他の人がカルテを詳しく書いていても、自分がとった所見や行った処置は責任を持って自分のカルテに書いた方が良いです。
「自分は少し処置をしただけだから……」とカルテを書かなかったり、逆に他の医師のカルテに自分のとった所見を直接追記をする研修医の先生が稀におられますが、少々キケンかもしれません。
自分でとった所見や行った処置を記載しておかないと、後で誤解やトラブルが生じたときなどに、自分の責任の範囲を証明することができなくなってしまいます。
きちんと書いていれば、「ちゃんと責任感のある先生だな」と上籍医からの信頼感もUPして、一石二鳥です。
また、自分でとった所見や行った処置を記載するといっても、他の人が書いたカルテに追記するのは、院内での特別なコンセンサスが無い限りはやめておきましょう。
ぱっと見で誰の記載かわかりにくくなるため、その内容の責任の所在が曖昧になり、トラブルのもとです。
たとえば上籍医の身になって考えると、自身のカルテに自分がとった所見や診断と違うことが書いてあったら、ギョッとしてしまいますよね。
さらに万一患者さんにトラブル起こった場合には、上司のカルテ(一般には研修医より正確な評価をしたと判断される)を、研修医の先生が自分の都合の良いように書き換えた、つまりカルテの改竄とみなされることもあり得ます。
結局、自分のカルテを1枚にまとめる、というのが、もっともシンプルで分かりやすいERカルテの書き方であろう、というのが筆者の結論です。
とはいえ、病院ごとにカルテ文化は千差万別なので、郷に入っては郷に従えば良いと思います。
特に研修医の先生の場合、適切なカルテを書くことも大事ですが、上籍医が慣れている方法で丁寧な指導を受けることはそれ以上に重要でしょう。
カルテはいつ書く?
忙しい救急外来勤務中に、カルテを丁寧に書くことは困難です。
ましてや重症患者さんの場合、病歴をのんびり聞いてカルテを書いていて、患者さんの治療が遅れたのでは元も子もありません。
とても大事なことですが、重症患者さんではABCDE※を安定化させる処置が最優先で、カルテ記載は後回しです。
(※Airway 気道、Breath 呼吸、Circulation 循環、Dysfunction of CNS 意識、Exposure & Environmental control 脱衣と体温管理の略)
どれだけ完璧なカルテを書いたところで、助けられる可能性のあった患者さんを、処置が遅れて助けられなくなれば本末転倒です。
また、患者さんが多くて救急外来がとても忙しいときもあります。
そんなときは、カルテに記載するのはバイタルサイン、重要な身体所見(陰性初見)、重大な鑑別疾患や次に行う検査のメモ程度にとどめて、診療を優先しましょう。
しかし、どれほど大変だった一日でも、必ず勤務終わりに、その日診療した患者さんのカルテをすべて開き、一周して記載に抜けがないかを必ず確認して下さい。
これを習慣にすることがあなたの身を守ります。
実は筆者は、研修医の先生と一緒に診療した患者さんに関しては、研修医の先生がカルテを書き終えるまで(プレッシャーにならないようこっそり)待つようにしています。
しかし「まだ書き終わってないなぁ……忙しいのかなぁ」と思っていて医局に様子を見に行ったら、すでに帰っていた、ということがよくあります。
筆者調べでは、研修医の先生がカルテをきちんと書かずに帰ってしまう理由は大きく以下の3つです。
研修医の先生がカルテをきちんと書かずに帰る理由
①忙しくて、うっかりカルテを書き忘れた
②疲れた、または面倒なので、明日続きを書こうと思ってカルテが途中のまま帰宅した
③そもそもカルテの必要十分な書き方が分からない(研修医時代の筆者だ……。゚(゚´Д`゚)゚。)
地域差はあるものの、一般的には③が多く、次によく見かけるのが②です。
③は本記事で勉強すれば今後は回避できるでしょう。
問題は②です。
「今日はもう疲れたから、明日の朝早く出勤して書こう〜♪」という研修医の先生方がおられますが、それだけは絶っ対!にやめて下さい。
カルテは診療行為を行ったら速やかに書くことが義務付けられており※、勤務が終わっているのに時間が経ってからカルテを書くのはNGです。
(※医師法の第二十四条「医師は、診療をしたときは、遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならない」)
特に、もし軽症だったはずの患者さんが重症化して(あるいは最悪の場合、心肺停止で)深夜に救急搬送されてきたりしたら、取り返しがつきません。
(こういった事態も決して稀とはいえないのが、救急外来診療の恐ろしいところです……。)
患者さんの2度目の診療が行われた後になってから、いくらカルテに自分の最初の診療行為が適切だったことを記載したところで、カルテを読んだ人の目には、後から言い訳をしているように見えてしまうことでしょう。
それが訴訟ともなればなおさらのことで、最悪の場合、カルテを改竄したと判断されかねません。
また、そうでなくとも、患者さんが同じ日の深夜や早朝に再受診した場合、2回目の診療をする担当医はかなり困ることになります。
患者さんは、前回受診したときのすべての情報がカルテに記載されていると期待しています。
次の担当者の立場で考えれば、カルテが書かれていないと、前の受診のときにどんな診断で何の治療をしたのかがわからないため、診療が難しくなることは想像に難くないでしょう。
そんなわけで、カルテは必ず、その日の勤務が終わって帰るまでには書くようにしましょう。
カルテは誰のために書く?
カルテ記載の目的は一般に、以下の4つとされています。
この中で「訴えられないためのカルテ」の役割を示しているのは①です。
つまり、本記事を読んでおられる方の一番の目標は、この部分ということになりますね。
とはいえ、カルテが実際に一番多く使われる場面は②でしょう。
カルテの主たる目的は、実臨床での記録・検証や情報共有をすることです。
あなたの書くカルテは、一緒に働く医療従事者のためにある、と言い替えることもできます。
そして自分だけでなく他の医療従事者にも理解しやすいカルテを書くことで、結果的に一般の方にも誤解のないカルテを書くことができます。
特に救急外来のカルテは、色んな科の医療従事者や多職種が参考にすることが多いので、誰が読んでも理解できるように、できるだけ英語や略称は使わず、日本語で表記することをオススメします。
略語は誤解を生むことがあるからです。
ACSという略語をご存知ですか?
救急診療に関わったことのある人なら一度は耳にする、有名な略語ではないかと思います。
1・2次救急が中心の多くの救急外来では、ACSというと、Acute Coronary Syndrome(急性冠症候群)を連想する人が多いのではないでしょうか。
しかし同じ救急外来でも、3次外傷救命救急センターでは、ACSはAbdominal Compartment Syndrome(腹部コンパートメント症候群)のこと指していたりします。
筆者が後期研修医の頃、先輩が「ICUに入室した患者がACSを起こさないか注意」と言うのを聞いて、「急性疾患や外傷のストレスによる心筋梗塞か、脱水や貧血から相対的な心筋虚血を起こすのか……?」と思っていたら、実際は腹部損傷の話だった……ということがありました。
同じ救急医同士ですら、このようなコミュニケーションエラーが起こるのですから、いわんや多職種間での、しかもカルテを通じたコミュニケーションをや……です。
当然のことながら、臨床現場での医療従事者同士のミスコミュニケーションは、医療過誤につながる可能性もあります。
患者さんのため、他の医療従事者のためだけでなく、自分自身のためにも誰が読んでも分かるようなカルテ記載を心がけましょう。
それでは、いよいよカルテ記載について一緒にひとつずつ見ていきましょう。
カルテはあなたの臨床知識・能力の見せ所でもあります。
カルテの書き方のコツは、以下のとおりです。
S(Subjective)=主観的情報
S(Subjective)では、患者さんの主観的情報を記載します。
Sは一般に【主訴】、【現病歴】、【既往歴】、【アレルギー】、【内服薬】、【嗜好歴】を含みます。
先に言っておくと、次のO(Objective)では患者さんの客観的情報(客観的所見)を記載します。
……と、ここまでしたり顔で説明しましたが、あれ? SとOの違い、なんか分かりにくくないですか?
お薬手帳に記載されている【内服薬】って主観的情報なのかな……?
逆にOの身体所見にだって、診察した医師の主観が入ってるような……?
SとOは、以下のように「いつ誰がとったか」という基準で分けるとイメージしやすいです。
Sは自分以外の人から得た間接的な情報、Oは自分自身(または院内の診療技術に信頼の置ける同僚)がとった所見となります。
筆者が知る救急外来診療の格言のひとつに、「前の医者の診断を信用するな」という、かなり性格の悪そうな言葉あります。
患者さんがこれまでに受けた診断は、前医診察時の病状の進行具合いや、できる検査・診察などにより精度が異なり、どの程度の正確性があるのか自分では保証できない。だからまずは疑ってかかりなさい、という意味です。
これはかつて痛い目を見てきた、数え切れない医師たちから受け継がれた先人の知恵です。
でもこれを考えると、前医の診断である【既往歴】も、間接的な情報としてSに入れる理由がわかりますね。
自分が直接決めた診断や治療ではないので、主観的情報の一部としてSに入れるのです。
反対に自分が診察したときの身体所見と検査所見は、直接的な情報(つまり客観的情報)としてOに入れることになります。
ここからは、背部痛を訴えた患者さんを例に考えてみましょう。
まずはSに含まれる具体的な内容を、「カルテは一枚のストーリーである」という視点も合わせて見ていきましょう。
【主訴】はテーマ
トップバッターは【主訴】です。
【主訴】はストーリーで言うところのテーマを表します。
タイトルというよりもテーマです。
ここには、「患者さんが今、一番困っている症状」を書きます。
初心者は患者さんの言葉でそのまま書くのがオススメです。
慣れてくれば、症状を医学的な用語に変換してもOKです。
例)
【主訴】
「背中が痛い」
「背部痛」
テーマ次第で、カルテに書かれる物語(ストーリー)全体が変わってしまうため、もっとも重要な要素のひとつです。
皆さんも冒険活劇を期待して見に行った映画が、牧歌的なラブロマンスだったら肩透かしをくらうでしょうし、推理物だと思ってた読み進めた小説がホラーで、最後まで犯人が判らなかったらイラっとしますよね。
ですので、主訴は決して間違えないようにしましょう。
「さすがに主訴は間違えないよ~」というツッコミが入りそうですが、実はそうでもありません。
主訴の問診は意外と奥が深く、様々な病院の救急外来で働いてきた筆者の経験上、【主訴】の”正答率”は病院や研修医の先生によって、体感で30%~100%と幅が非常に広いので注意が必要です。
問診のコツについては、詳細は先述の問診方法の記事に詳細を譲ります。
今回は訴訟を避けるカルテを書くうえで重要な部分に絞ってコツをみてみましょう。
患者さんなどの家族なども診察室に招き入れ(いなければ電話をしてでも)、彼らの間で主訴が一致しているかを確認するのが、正しく主訴を聞く上で大事なコツです。
よくあるパターンは、こんな感じです。
あなたが救急外来で、ある高齢患者さんを診察したところ「数年来の便秘が辛い」と訴えられました。
「ここ1週間便が出ていないの!」という訴えを丁寧に傾聴したあなたは、念のため腸閉塞を否定しようと腹部CTをとり、結果「大きな問題はなかったので、かかりつけ医で下剤を処方してもらうといいですよ」と帰宅の方針にしました。
そして迎えに来てもらったご家族の第一声。
「頭は大丈夫だったんですか?」
え? 頭……?
「今回は便秘が困るとのことで、おなかの診察をしたんですが……」
「便秘は昔からありますが……今朝うんちしてましたよ。今日はおばあちゃんがトイレで急に頭を痛がっていたから、慌てて病院に連れてきたんです」
と言われて、検査をやり直しになることも、全く珍しくはありません。
これは筆者が実際に研修医の先生からコンサルトを受けた一例です。
しかも同じような経験は1度や2度ではありません。
頻度は病院によってまちまちですが、特に系統立てた救急診療の教育が行われていない病院では、似たような行き違いがほぼ毎日というレベルでした。
このような行き違いは救急外来では非常に多く、そして訴訟の原因にもなりがちです。
このときは運良くご家族が迎えに来て、たまたま医師が話を聞いたので、検査のやり直しができました。
(本当のことを言えば、患者さんだけを診察し患者さんだけにICをしていたのを心配した筆者が、ご家族に確認しに行きました。)
しかし、行き違いがあるまま患者さんが帰ってしまうことも少なくありません。
患者さんの実際の主訴と全く違う主訴から診療が行われたのですから、いくらその診療が”間違った主訴”に対しては医学的に正しくても、何の意味もありません。
そして恐ろしいことに、帰宅後に「”CT”を撮ってもらったけど大丈夫だった」とだけ患者本人から聞いた家族は当然、「“頭のCT”を撮ったけど脳には異常がなかった」と判断してしまいます。
たとえば今回の患者さんがクモ膜下出血の警告出血であった場合を考えてみましょう。
病院から帰宅後、患者さんが再出血で頭痛を訴えても「昨日病院で診てもらって何もなかったから、大丈夫よ」とご家族が痛み止めで様子を見てしまい、ときに重大な疾患の治療が遅れることになります。
このような事態を防ぐには、患者さんのご家族には一緒の診察室に入ってもらい、必ず同時に問診をすることが重要です。
もしご家族が病院に来ていなければ、ご家族や受診を勧めた人に電話連絡をして、受診理由(主訴)を確認しましょう。
このように、問診は訴訟のリスクと密接な関係があり、自分の身を守るカルテを書くためには欠かせない要素です。
是非この機会に合わせて勉強しておきましょう。
主訴は救急診療の命であり、カルテという1枚のストーリーのテーマそのもののため、つい語ってしまいました。
次からはもう少し短くいきます。
【現病歴】は描写が命
いよいよここからストーリーの本編が始まります。
患者さんが今どんな状況かを読者に理解させるには、描写力が重要です。
普段の生活の描写、陽性所見や陰性所見は伏線になります。
そしてカルテは三人称で書く、つまり客観的に描写することが大事です。
【現病歴】は、発症時の様子がありありと脳内に思い描けるほどに、具体的に描写しましょう。
発症時の状況を自分で演じることができるほどに細かく聞いて、丁寧に記載するのがコツです。
【現病歴】は時系列順に書くのが、書き手にも読み手にとってもわかりやすいと思います。
日常描写から書きはじめて、患者さんに起こったトラブル(出てきた症状や起こった事故)を書きましょう。
患者さんの生活環境を把握しよう
高齢者や身体・精神障害のある患者さんなどでは、要介護度や誰と住んでいるのか、普段どのような医療福祉サービスを利用しているのかなど、自宅での生活状況を推察する情報も、実は現病歴に必須です。
それは、普段の生活がどの程度自力でできるかや、身近に介助者がいるのかによって、治療方針が変わることも多いからです。
ストーリーで言えば、普段の生活が頭の中で思い描けるほどのリアルな描写により、話の流れが具体的に理解しやすくなります。
医療従事者としては、患者さんの生活における具体的な治療を受ける姿を想像して、それが実現可能かを判断する必要があります。
身の回りのセルフケアには、以下のような基本的日常生活動作(Basic ADL)が挙げられます。
筆者が習ったところによると、DEATHと覚えるそうです。もっと穏便なゴロはなかったのか……?
このBasic ADLの中でも特に、「トイレに自力で行けるのか」や「食事を自分で摂取できるのか」は、患者さんが自宅療養ができるかどうか(帰宅可能か入院加療か)を判断する上で、最重要といっても過言ではないほどです。
カルテには、患者さんの自宅での生活がイメージできるように書きましょう。
例えば、高齢患者さんのカルテならこんな具合です。
【現病歴】のADLの例)
例①
「独居、ADL自立。普段は料理も自分で作っている。」
例②
「独居、要介護申請はしていない。普段は押し車歩行で、トイレ歩行も可能。
近くに住む姪が毎日夕方に食事を運んでおり、自分でチンして食べている。」
例③
「要介護3で看護師付きの施設に入所中。普段は車いすだが、短距離であれば杖つき歩行できる。
食事は普通食を自分で食べ、排泄はポータブルトイレに自分で移乗することができる。」
例④
「要介護度4で普段は車椅子、主介護者の妻と2人暮らし。
月水土はデイケア、火木はヘルパー、金は訪問看護、日曜日はたまにショートステイを利用している。
食事は刻み食を見守りで摂取、トイレはオムツ排泄している。」
このような情報は、先述の通りA(アセスメント)での治療判断(特に帰宅か入院か)のポイントとなります。
上記はADLが自立しており介護度の低い患者さんから順に並べましたが、これが自宅療養がしやすい順というわけではありません。
例えば、診断が軽症の肺炎だった場合、①や②の患者さんは、発熱で自分で動けなくなったら自宅療養が困難です。
一方、③や④の患者さんのほうが、看護師さんなどの周囲の手助けが多く、様々な疾患の治療に対応しやすいこともあります。
このように、普段の生活歴の情報は、カルテを一つのストーリーと考えた場合、AやPで行う診断や治療の重要な”伏線”になります。
なお、診断や治療の上で重要だけれど取れていない病歴などは、「○○は詳細不明/未聴取」などと書いておきましょう。
聴取できなかった事情も記載できればなお良いですが、時間がない救急外来ではそこまでは難しいかもしれませんね。
「陽性症状」だけでなく「陰性症状」も書こう
鑑別診断のために必要な症状は、「陽性」の症状だけではなく「陰性」の症状も、必ず問診してカルテに書き足すことが重要です。
特に陰性症状は、自分としては「症状がなかったので書かない」つもりだったとしても、カルテだけを読む他の医療従事者には絶対に伝わりません。
また、例えば医療訴訟に巻き込まれた場合、陰性症状を書いてていなければ、裁判では「現場では症状自体を確認しなかった」と判断されると考えたほうが良いです。
カルテを1枚のストーリーと考えると、陽性所見や陰性所見は重要な”伏線”となることがご理解頂けたかと思います。
患者さんの主観は、客観的事実に変換しよう
患者さんの主観をそのままカルテに書くと、ときに誤解を招く記載になってしまいます。
カルテを一連の物語として考えるなら、その記載方法は一人称ではなく三人称、といえるかもしれません。
患者さんの主観による説明と、医学的な事実は大きく食い違うことも多いので、注意が必要です。
現病歴は、患者さんから発せられた言葉の具体的な意味を確認して、事実のみを記載しましょう。
そうでないと、患者さんが主観として感じたことが、客観的な”事実”として公文書に残ってしまいます。
例①
患者さんの言う「息ができない」
↓
カルテにそのまま書けば、読んだ第三者には窒息のように見える
↓
しかし実際は喋っている(=気道が開通している)ので、「息苦しく感じた」や「呼吸苦」が正解
例②
患者さんの言う「具合が悪くなって倒れた」
↓
カルテにそのまま書くと、失神(心疾患や起立性低血圧)や転倒(外傷)があったに見える
↓
しかしその多くは「倦怠感のため座り込んだ」のでは?
(もちろん、本当に具合が悪くて失神して倒れることもあります。
その場合は今ある症状だけでなく失神の原因検索や、外傷の精査が必要になります。)
このように、第三者視点で、客観的に正しい情報を記載するようにしましょう。
患者さんの主観をそのままカルテに書きたい場合は「〇〇のように感じた」と書くと良いでしょう。
現病歴まとめ
ここまでの話を、実際のカルテで見てましょう。
【現病歴】例)
「夫婦二人暮らしで、ADL完全自立。1月1日の朝5時に突然発症の腰上の背部痛が出現し目が覚めた。疼痛は下腹部に移動し持続しており、波があるが完全にゼロになることはない。冷汗なし、嘔気あり、嘔吐なし、失神なし。裂けるような痛みではない。」
最重要と思われる病歴のみに絞りましたが、少なくともこのくらいは書いておきたいところです。
鑑別疾患を挙げて、それを強く疑う症状については個別に質問し、ひとつずつ陰性所見を記載することがポイントです。
例えば、冷汗や失神は心血管系イベントを考えますし、裂けるような痛みはその中でも特に大動脈解離を疑ったときに聞きたい具体的な病歴です。
カルテは公文書の一種です。
公文書に書かれた内容は、一般に法的には「事実」の扱いとなるため、カルテ記載には注意が必要です。
例えば、救急隊から「飲酒運転をしたらしい」と申し送りを受けた交通事故の患者さんの場合を考えてみます。
カルテに「飲酒運転をした」と書けば、それが客観的な事実として扱われ、ときには裁判などで飲酒運転の証拠として使われてしまう可能性があります。
さらには患者さんから無用な恨みを買ったり、あるいは法的な争いに巻き込まれることもあります。
このようなトラブルを回避する方法は簡単です。
誰が言った【現病歴】なのかをきちんとはじめに書いておくだけでOKです。
カルテを一枚の物語と考えるのであれば、地の文ではなく、セリフにカギカッコをつけるようなイメージです。
実際には、
<救急隊より以下の情報を聴取>
または
<患者より以下の現病歴を聴取>
などと最初に注意書きをするのが楽ちんでしょう。
もし上記のような注意書きなしに現病歴にそのまま聞いた情報を入れるのであれば、
「救急隊からの情報では、飲酒運転をしていたとのこと」とか、
「患者ご本人の話では、『ビールを2杯飲んだ後に車を運転した』とのこと」
のように書いておけば、カルテには発言したことが事実として残っているだけなので、嘘が生じることはありません。
その内容の真偽について知りたい人は、発言をした人に確認をする必要があります。
同様に筆者は、「カルテに『アルコール臭あり』と書くのはやめておきなさい」と救急の師匠に習いました。
アルコール臭ありとカルテに書かれている場合、法的な場では、それが患者さんが飲酒運転をした証拠と判断される場合があるからです。
しかし臨床現場で患者さんからアルコールの臭いがしただけの場合、飲酒運転をしたかどうかは誰にもわかりません。
もしかしたら、事故で手土産のワインの瓶が割れて身体にかかっただけ、という偶発的な状況だったのに、患者さんが犯罪者にされてしまうリスクもあります……。
(これは実際にあった話で、のちの血中アルコール濃度検査により、飲酒運転は濡れ衣であったことが判明しました。)
特に、交通事故などでは相手がいる場合争いが生じやすいこと、保険診療が適用されず自費診療となるため患者または事故の責任者の金銭的負担が大きいことから、その怒りや金銭的な要求が病院や医療従事者に向かいやすいです。
無用なトラブルに巻き込まれることのないよう、カルテ記載だけでなく、診療にも細心の注意を払いましょう。
【既往歴】は重大な伏線
【既往歴】では、一見病歴に関係なさそうな疾患ももれなく書きましょう。
上籍医や他科の専門医が見たとき、主訴との意外な関係が判ることがあります。
とくに、血管系をはじめ様々な疾患や投薬時のリスクとなる高血圧、糖尿病、脂質異常症、喘息は、ひとつずつきちんと患者さんに確認して、ない場合も「なし」と常に記載したいところです。
「高血圧はありませんか?」と聞くよりも、「これまでに血圧が高いと言われたことはありませんか?」と聞くのがオススメです。
前者の質問には「高血圧はないよ」と言っていた患者さんから、「昔血圧が高いと言われて薬を飲んでたけど、効いてる感じがしないからやめたよ」という答えが返ってくることがときどきあります。
そんなときに普段の血圧を尋ねてみると、「上が180か190くらい。200以上にはたまにしかならないんだから、100台で普通でしょ?」なんてお返事が。
人によって”普通”や”正常”の感覚は違うのだということを肝に銘じておかないと、自分でカルテに叙述トリック(読者の先入観から誤解するようミスリードを仕掛ける技法)を書いてしまうことになります。
では、カルテ記載の例を見てみましょう。
【既往歴】例)
「10年前 高血圧を指摘されたが内服薬を自己中断
糖尿病なし、脂質異常症なし、喘息なし」
【既往歴】はこのように、書くのも読むのも難しいひっかけ問題になっています。
しかしAで病気を診断をするときの重大な伏線になりますので、しっかり書いておきましょう。
【アレルギー】も伏線
薬剤性アレルギーがある場合は特に、検査・治療方針が変わる可能性があります。
【アレルギー】は少なくとも、食物と薬に分けて書きましょう。
それ以外の花粉症なども、あれば記載できるとなお良いですね。
【アレルギー】例)
「food-/drug-」
【内服薬】は治療方針を決める伏線
【内服薬】は既往歴と密接に関わり、A(アセスメント)の診断の伏線となるだけでなく、治療方針を決める要因にもなります。
【内服薬】は、処方された病院ごとに記載するのがわかり易いでしょう。
余裕があれば使用量・回数も書いておくとより良いです。
少なくてもステロイドなど、使用量が免疫状態に影響するような薬や、疾患に応じて使用量がコントロールされている薬は、病状を把握する意味でも書いておきたいところです。
【内服薬】例)
「○○整形外科クリニックより カロナール200mg 6T/3x」
上記の「6T/3x」の意味は、1日あたり6錠を3回に分けて内服、つまり1回2錠を1日に3回(多くの場合朝昼夕)の内服、となります。
【嗜好歴】も伏線
これも問診の際は、既往歴同様の注意が必要です。
「タバコは吸われますか?」と尋ねるのは片手落ちで、正しい喫煙歴を把握できません。
たとえば患者さんが思い立って禁煙を始めたら、たとえそれが禁煙1日目でも「タバコは吸っていない」と仰ったりします。
または体調が悪くてその日だけ吸えなかった場合も、「タバコは一本も吸ってない!」という答えが返ってきます。
なんたるミスリード! まるで叙述トリックのようです……気をつけましょうね。
「今までにタバコを吸ったことはありますか?」のような表現で質問すれば、過去の喫煙歴も聞けて一石二鳥です。
【嗜好歴】例)
「喫煙:20本/日×43年
飲酒:(酒の種類)缶ビール700ml/日」
Sのまとめ
こうして見ると、Sは伏線ばっかりですね。
これらが伏線ということは、この後のクライマックス、すなわち診断をする場面において、これらの情報がすべて重要なキーポイントになるということです。
これまで皆さんは、【既往歴】や【アレルギー】【内服薬】【嗜好歴】などがすべて伏線だと思ってカルテを書いてきましたか?
【現病歴】では、日常生活と疾患の発症を具体的に描写してしていたでしょうか?
これらができていた皆様には、言うことはありません。胸を張って次の項目に進みましょう。
まだこのように書いたことのない皆様、そちらが多数派だと思います。
今日からは是非、その部分について意識してカルテを書いてみて下さい。
それだけでも、自分の書いた1枚のカルテの内容が有機的に繋がって見えるようになるはずです。
実践を重ねるうちに、カルテを一連のストーリーとして捉えられるようになると思います。
O(Objective)= 客観的情報
【身体所見】で推理する
身体所見でも現病歴同様、陽性所見を書くことと同じかそれ以上に大事なのが、陰性所見を書くことです。
特に、鑑別診断に必要な身体所見は必ず詳細に書くようにしましょう。
例えば頭痛が主訴の患者さんなら、筆者は必ず「項部硬直なし」や、「jolt accentuation陰性」の所見をカルテに記載しています。
(実際に知り合いの脳外科の先生は、頭痛の患者さん全員のカルテにこの2つを書くことにしており、その記載のお陰で医事訴訟をすんでのところで免れたことがあるそうです……)
また患者さんが元気なときにこそ意外と抜けがちなのが、身体所見の基礎中の基礎、意識状態や全身状態、バイタルサイン(血圧、脈拍、SpO2、呼吸数、体温)です。
これは推理(臨床推論)の大前提ですよね。
筆者も、特に軽症者で書き忘れてしまうことがあります……反省……。
これらは、後から患者さんを診る医療従事者が(あるいはカルテ開示や訴訟で)、受診時点で患者さんの重症化のリスクが高かったのか否かを客観的に判断する際に、大変重要です。
できる限りすべての患者さんで書くようにしましょう。
(ただし低学年の小児は血圧測定を嫌がるため、軽症の場合は血圧だけは省略することが多いです。)
実際のカルテの一例を見てみましょう。
【身体所見】例)
「全身状態良好、末梢冷感湿潤なし
BP145/87(右腕)・147/90(左腕)、HR78、SpO2 98%(Room air)、RR18、36.7℃
頭頚部:眼球結膜貧血なし・黄疸なし
胸部:心音整、murmurなし
肺野音清、crackleなし、気管音清、wheezeなし
腹部:腸蠕動音減弱亢進なし、平坦軟、拍動性腫瘤なし、圧痛なし、tapping painなし
McBurney点圧痛なし Murphy徴候陰性 左CVA叩打痛あり
背部:脊柱管叩打痛なし、脊柱起立筋圧痛なし
皮膚:皮疹なし、浮腫なし、感染徴候なし」
最重要と思われる項目のみに絞りましたが、病歴と同様、鑑別疾患を挙げて、それを強く疑う症状については個別に質問し、ひとつずつ陰性・陽性所見を記載することがポイントです。
例えば、末梢の冷感湿潤は心血管系イベントを考える所見ですし、血圧の左右差の有無は大動脈解離、拍動性腫瘤は腹部大動脈瘤を評価しいます。
陽性所見のCVA叩打痛は、尿管結石や腎盂腎炎などで認められます。
【検査所見】で推理を確かめる
鑑別に挙げた疾患を疑う所見が”ある”か”ない”かを記載しますが、疾患を鑑別するのに必要な陰性所見がとても大切なのは、現病歴や身体所見と同じです。
救急外来で行う検査には、大きく分けて2種類の目的があります。
「疑わしい鑑別疾患を探しにいくため」と、「それほど疑わしくはないが見逃してはいけない重篤な鑑別疾患を否定するため」です。
前者の陽性所見はきちんとカルテに書く人が多いと思いますが、後者の陰性所見は忘れがちです。
救急外来で行う一般的な検査については、こちらの記事で網羅的に説明していますので、興味のある方はどうぞ。
検査所見のカルテ記載に関しては、採血データなどであれば後から直接参照が可能なため、忙しい救急外来では省略もやむを得ないと思います。
しかし、CT所見など人の目による評価が必要なものや、自分で行ったエコーなど記録の残らないものは、きちんと記載しておいた方が良いでしょう。
「うちの病院ではCTには後から放射線科の読影レポートがつくから、別に自分で書かなくてもいいのでは?」と思う方もおられるかと思います。
確かに、診療時点ですでにレポートが出ていて、それが自分の判断と完全に一致していれば、書かなくても大きな問題はないと思います。
あるいはレポートがなくても自分の読影に自信がある場合は、わざわざカルテに書かなくても良いかもしれません。
ただしプロの読影では、自分の判断とは違う所見が記載されることも特段珍しくありません。
そのため、救急外来に慣れていないなら、治療を判断する時点で読影レポートが出ていない場合は、自分の読影の判断をカルテに書いておいたほうが無難だと思います。
また記載を習慣づけることにより、画像検査をしたのに、疾患の鑑別に必要な所見の有無を丁寧に確認していなかった、というミスも減らすことができます。
もちろん、行ったあらゆる検査の所見をすべてカルテに書くのは無理でしょう。
あくまで大事なのは、鑑別に必要な検査の結果所見をもれなく確認して診断に役立て、それを記録として残すことです。
具体的なカルテ記載の一例を見てみましょう。
【検査所見】例)
「尿検査:潜血3+、WBC-、ケトン+、タンパク-
エコー:右水腎症あり、大動脈解離や大動脈瘤を疑う所見なし、acoustic shadowは確認できず
造影CT:大動脈解離・大動脈瘤なし、腹水なし、左尿管に直径4mmの結石あり」
上手く確認できなかった所見は、確認できなかった旨を書きましょう。
鑑別疾患が思いつきもしなかったのではなく、鑑別に挙げたけれど、「その所見を探したが見つからなかった」という事実が記載できればOKです。
Oのまとめ
Sで集めた情報をもとに、Oでは、【身体所見】で病気の推理をして、【検査所見】でその推理を確かめます。
さながら推理小説のようですね。
SとOの関係がわかったところで、いよいよ次はAとPです。
A(Assessment)/P(Plan)=情報の評価(診断と治療)
ここまで本記事を読んできて、だいぶカルテが書けそうな気持ちになってきたでしょうか?
ところがどっこい、実はカルテの記載はここからがクライマックスです。
小説や映画などでも、どれだけ途中までの描写が素晴らしく、意味深な伏線が張ってあったとしても、クライマックスが支離滅裂だったとしたら、がっかりするのではないでしょうか。
それでは、クライマックスを綴って行きましょう。
そんなわけで、実は、カルテ記載で最も重要なのが、このA(Assessment)とP(Plan)の部分です。
救急診療の場合、AとPは重なる部分が多く、Pの分量が少ないので、筆者は一緒に書いてしまうことにしています。
こんなことを言うとカルテガチ勢にボコボコにされそうですが……ああっ石を投げないで……!
A/Pの部分は、プロブレムリスト+3つのパート(①~③)に分けると、カルテに重要なことをもれなく書くことができます。
【A/P】
#1 プロブレムリスト
①見逃してはいけない鑑別疾患についての評価
②最も疑わしい診断とその治療と効果
③今後の方針
・ 帰宅の場合
→今後のフォロー(症状3パターンで、いつ何科を受診するか?)
a. 症状が軽快した場合
b. 症状が変わらない場合
c. 症状が悪化・変化した場合
・ 入院の場合
→今後の加療・検査の予定
とりあえず、カルテの実例を見てみましょう。
分かりやすくするために、上記の3つのパートに対応する記載の文頭に①~③とa~cの番号を付けてあります。
【A/P】例)
「#1 腰背部痛
①血管リスクを有する高齢男性の初発の突然発症の腰背部痛であり、大動脈解離や大動脈瘤破裂の除外目的にCT検査を行ったが、疑う所見は認めなかった。②エコー所見で左水腎症があり、尿潜血陽性で尿管結石を疑った。CTでは左尿管に直径4mmの結石を認めた。ボルタレン座薬を挿肛し、疼痛の症状は軽快した。
③-a結石のサイズからは自然排石が期待される。ご本人・ご家族と相談して、①-b疼痛時の鎮痛剤を処方し、週明けの泌尿器科外来を予約し受診の方針となった。③-c今後、発熱や悪寒戦慄が出現した場合は腎盂腎炎の合併の可能性があるため、外来予約を待たずに、再度すみやかに救急外来または泌尿器科を受診するよう説明し、理解が得られたため帰宅とした。」
各パートについて、ひとつずつ詳しく見てみましょう。
【プロブレムリスト】は最終章のタイトル
プロブレムリストでは、#1から順に「主訴」または「病名」を並べます。
救急外来初心者の方であれば、たとえ診断がついていたとしても、#1のプロブレムは病名ではなく、主訴を医学用語に変換したものにする方が、間違いを防ぎやすいでしょう。
本来のプロブレムリストでは、主訴は疾患名が分かった時点で疾患名に入れ変えるのが一般的なので、これは少々邪道です。
またもカルテガチ勢に怒られてしまいそうですが、初心者にとっては学問的な正確さよりも、診断ミスを防ぐほうが重要なので、どうか目をつぶってもらえると助かります。
プロブレムリストは「#1 主訴」の形にしておいた方が、アセスメントで鑑別疾患を網羅的に考えやすいです。
最初から疾患名を書いてしまうと、どうしてもそれについての評価が主体となり、同じ主訴になる他の鑑別の軽視に繋がる可能性があります。
ERでは正確な診断がつかない、あるいは再受診時に診断が変わることも多いので、主訴で書く方が間違いが生じにくく無難という打算もあります。
救急外来に慣れている先生や、自分の診断に自信がある場合は、もちろん最初から診断名を書いて問題無いと思います。
(筆者もプロブレムリストは、病状によって主訴と病名を使い分けています。特に入院のときは明確な理由があって治療が必要と判断しているので、#1を病名にすることが多いです。
さらに個人的には、診断名もプロブレムリストに載せる必要があれば、#2に診断名を書くこともあります。読んだ人のわかりやすさを優先した定石外しですが、もちろん真似しなくても大丈夫です。)
プロブレムリストを書く順にも決まりが色々あるんですが、筆者の場合、救急外来では重要だと考える順に#1から書いていきます。
ちなみに「#」は「シャープ」ではなく「ナンバー」なので、その後に数字をつけるのが正式な記載方法です。
しかし忙しい救急外来では面倒なので、数字をつけない派の方も結構いると思います。筆者もご多分にもれず……ゴメンナサイ……。
【A/P】例)プロブレムリストの例
「#1 背部痛」
A/Pは3つに分ける
A/Pは、プロブレムリストのあと、さらに3つのパートに分かれます。
①見逃してはいけない鑑別疾患についての評価
②最も疑わしい診断とその治療と効果
③今後の方針
の3つでしたね。
①見逃してはいけない鑑別疾患についての評価 では、SとOで集めてきた情報をもとに推理をします。
逆に、A/Pから見れば、SとOはすべて伏線でなければならないということです。
②最も疑わしい診断とその治療と効果 では、上記A/Pの①の評価をもとに、とうとう確定診断(犯人)を決めたり、その治療(犯人にどう対処するのか)について記述します。
そして最後に、
③今後の方針 で、救急外来から出た後のことを書きます。
①見逃してはいけない鑑別疾患と診断
まずは、見逃してはいけない(緊急加療が必要、予後に関わる)鑑別疾患を挙げ、それらではないと診断した理由を書きます。
先程の具体例をもう一度見てみましょう。
【A/P】例)①見逃してはいけない鑑別疾患と診断の例
血管リスクを有する高齢男性の初発の突然発症の腰背部痛であり、大動脈解離や大動脈瘤破裂の除外目的にCT検査を行ったが、疑う所見は認めなかった。
この部分はA/Pの前半のキモです。
患者さんが重症疾患である可能性を熟慮したうえで、その可能性が低いと見積もったことを証明する部分だからです。
A/Pの後半部分では患者さんの転機を記載しますが、それを決めた理由がここに述べられている必要があります。
あくまで一例ですが、主訴別の見逃してはいけない鑑別疾患を挙げておきます。
カルテでは病状に応じて、これらの鑑別を挙げ、それではないと判断した理由を記載しておきましょう。
主訴 | 見逃してはいけない鑑別疾患 |
頭痛 | クモ膜下出血、脳出血、髄膜炎 |
胸痛 | 心筋梗塞、大動脈解離、肺血栓塞栓症、心筋炎 |
腹痛 | 虫垂炎、腸閉塞、異所性妊娠 |
外傷 | 臓器出血、骨折、創内異物、外傷の原因となった内因性疾患 |
小児の嘔吐 | 髄膜炎、腸重積 |
成人の嘔吐 | 脳出血、腸閉塞、心筋梗塞 |
妊婦の腹痛 | 常位胎盤早期剥離 |
酔っ払い | 外傷(特に頭部・体幹部)、低血糖 |
全身倦怠感 | 心筋梗塞(特に高齢者、女性、糖尿病の既往)、心不全、感染症、電解質異常 |
めまい | 脳梗塞・脳出血(小脳・脳幹)、心血管系失神(不整脈、心筋梗塞、大動脈解離等) |
関節痛 | 化膿性関節炎、骨折 |
②最も疑わしい診断とその治療
次に、最も疑わしい診断とそれに対する治療や効果、経時的な症状の変化を書きます。
帰宅する場合は、疼痛などの症状が改善したか、もしくは処置や薬、生活指導などで症状に対処可能になったかが重要です。
症状への処置や内服薬を処方したことを書きましょう。
先程の具体例をもう一度見てみましょう。
【A/P】例)②最も疑わしい診断とその治療の例
「エコー所見で左水腎症があり、尿潜血陽性で尿管結石を疑った。CTでは左尿管に直径4mmの結石を認めた。ボルタレン座薬を挿肛し、疼痛の症状は軽快した。」
③転機
救急外来から出た後に「帰宅」するか「入院」するかを中心に書いていきます。
一次・二次救急が中心の救急外来では、患者さんは帰宅の方針になることが圧倒的に多いですよね。
後日外来でフォローする方針なら、何をする予定かを端的に書いておくと良いでしょう。
入院する場合も同様に、治療方針や検査予定を書きます。
それってSOAPでいうところのPなのでは?と思った方もおられると思います。
厳密に言えば、「帰宅」や「入院」などの方針までは、PではなくAの範疇となるようです。
Pはより具体的に、今後の治療予定などを記載する場所になります。
ERで初療医のみが診察して、専門科にコンサルトすることなく患者さんを帰宅させる場合、その時点で後の細かい予定まで決まることはあまり多くありません。
そのため、筆者はAとPをひとまとめにして書いてしまっています。
SOAPをそれぞれをきちんと埋めたい!という方は、Pにはこの③転機を書いてお茶を濁すのも、個人的にはアリだと思います。
いやそこのカルテガチ勢の皆様、その手にした石を振りかぶらないで……!
③転機-「帰宅」
まずは患者さんが帰宅する場合を見てみましょう。
患者さんが帰宅する場合、③の転機は、以下のa~cの3つに分けることができます。
患者さんの病状がずっと同じということは少ないので、今後起こり得る症状を3パターンに分けて、いつ何かを受診するべきかを説明する必要があるからです。
③転機=今後の方針
a. 症状が軽快した場合(良いシナリオ)
→後日の精査が不要であれば、口頭でだけ説明してカルテ記載は省略してもOK
b. 症状が変わらない場合(不変のシナリオ)
→専門科外来受診の場合が多い
c. 症状が悪化・変化した場合(悪いシナリオ)
→急いで救急外来などの受診が多い
患者さんが帰宅する場合、
・今後のフォローアップをどの医療機関の何科にお願いするか(上記のaやb)
・今後どのような症状が出たときに疾患の増悪や他の疾患の可能性を考え、どの病院の何科を再受診するか(上記のc)
を必ずカルテ書いておきましょう。
もちろん、カルテに書くだけでOKではありません。
今後出る可能性のある症状は、患者さんへできる限り具体的に(!)説明しなければなりません。
そして患者さんの具合が悪くなった時に、救急車を呼んだり病院に連れてきてくれるのはご家族ですので、ご家族にも同じことを理解していただく必要があります。
当然、このときの説明は、①で挙げた「見逃してはいけないけど今のところ可能性が低そうな鑑別疾患」を想定していないとできません。
そのため、同じ主訴でも症例ごとに説明は異なりますが、例えば金曜日の受診を想定すると以下のようになります。
例:尿管結石
③-a、b
「今日のこの痛みは、残念ながら尿管結石がおしっこと一緒に体の外に出るまで繰り返すと思います。また同じような痛みが出てきたときは、今日使ったのと同じ痛み止めをお出しするので使って下さい。週明けの当院の泌尿器科を予約しておきますので、自然に良くなった場合も改善しない場合も受診して下さい」
③-c
「尿管結石によって腎臓で作られた尿が膀胱に行く途中でせき止められ、尿が溜まった腎臓に菌が感染する『腎盂腎炎』を起こすことがあります。命にかかわることもある感染症ですので、今後、熱が出たり、寒気がしてガタガタ震えるような場合は、次の泌尿器科の外来予約の時間を待たずに、すぐに救急外来または日中であれば泌尿器科を受診して下さい」
患者さんの具合が悪くなったときに、患者さんやご家族がどのタイミングでどこへ受診したらいいか(あるいは受診せずに対症療法でしのいで良いのか)を迷うことがないよう具体的に説明するのがポイントです。
そしてカルテには、これらの説明を患者さんやご家族が理解して、同意したのかも含めて記載することが重要です。
③転機-「入院」
患者さんが治療や精査のため入院する場合は、入院後に行う予定を簡潔に記載しましょう。
どのような処置や治療、精査をするのか、手術の術式や緊急か待機手術かなどの詳細は、患者さんの治療をする上では最重要です。
病院によってルールは様々ですが、特に研修医の先生などは、専門医の先生にバトンタッチした後は、ひとまず次の救急外来患者さんの診療に取り掛かることも多いかと思います。
自分が入院管理をするのでなければ、忙しい救急外来での初療カルテとしては、何科でどんな治療をするのかがざっくり書ければ及第点ということにしてもらいましょう。
自分が入院主治医をやる場合は、今後どのような治療を行うのかなどをきちんとPに書く必要があります。
あるいは、別に入院時カルテを書いた方がわかりやすい場合もあります。
今回は「救急外来カルテの書き方」がテーマのため、割愛させて下さい。
③転機まとめ
それでは、「帰宅」と「入院」の転機の書き方の具体例を見てみましょう。
【A/P】例)③転機の例
「帰宅」の場合:再受診するときの目安の症状を書く
「結石のサイズからは自然排石が期待される。ご本人・ご家族と相談して、疼痛時の鎮痛剤を処方し、週明けの泌尿器科外来を予約し受診の方針となった。今後、発熱や悪寒戦慄が出現した場合は腎盂腎炎の合併の可能性があるため、外来予約を待たずに、再度すみやかに救急外来または泌尿器科を受診するよう説明し、理解が得られたため帰宅とした。」
「入院」の場合:これからの加療、検査の予定を分かる範囲で書く
「B型大動脈解離に対して心臓外科の○○先生にコンサルトさせていただき、臓器虚血がないことから保存的加療の方針となった。降圧療法を開始し、安静・血圧管理目的に心臓外科入院でICU入室となった。」
ここまでの「背部痛」の症例、実は同じ症状の2人の患者さんの病歴を混ぜたものでした。
同性・同年代の患者さんの似たような現病歴や身体所見でも、精査の結果別の診断となることは珍しくなく、当然その転機は大きく異なります。
彼らは同じ主訴と病歴でしたが、一人は尿管結石として帰宅、一人は大動脈解離で入院となりました。
たとえ一見ありふれた尿管結石のように思えても、最後の確定診断までは気を抜けませんね。
A/Pのまとめ
A/Pの記載のポイントをまとめておきましょう。
カルテには、医療従事者が誰にどのような説明や提案をして、それに対して患者さんやご家族が治療方針に同意したのか、どのような希望があったのか、を書くことが非常に重要です。
なお、この説明に関して、筆者はなるだけ「○○するよう指示した」のような書き方はしないようにしています。
表現が上から目線な感じがして個人的に好きではない、というのもありますが、何よりも患者さんが説明を理解できたのか、方針に同意したのかが、文章だけでは伝わらないからです。
筆者は「〇〇と説明し、患者さんとご家族はそれに同意された」「〇〇と説明したところ、△△をすることを希望された」のように書いています。
また、再受診をする必要がある場合の症状も具体的に書く必要があります。
「何かあったら来て下さい」と言い、カルテに「有事再診」などと書く先生を時々見かけますが、これはNGです。
医療従事者ほどには医療知識のない患者さんには「何かあったら」の「何か」が”何”なのか、分からないからです。
実際、医師が「何かあったら来て下さい」とだけ説明したために受診が遅れ訴訟となり、病院側が負けてしまったという判例も存在するそうです。
(昔上司に教えて頂いた判例ですが、元の裁判記録を見つけることができなかったので、後日見つけたら引用します。)
なお、このような話をすると、研修医の先生方に
「そういう詳細な説明とカルテ記載は、どんな患者さんのどんな症状のときにしたらいいんですか?」
「軽症の人にまで説明する必要はないですよね?」
と質問されることがとても多いので、先にお答えします。
「このような詳しい説明を、救急外来の患者さん全員にして下さい」
たとえば明らかな重症患者さんであれば、誰もが意識・無意識にある程度の予後の悪さを覚悟をしています。
そのため、医療従事者と患者家族間の行き違いは比較的起きにくいといえます。
しかし心血管系疾患や外傷などの例外を除いた重症患者さんの多くは、発症の超初期は一見軽症です。
そして軽症な患者さんほど、医療従事者だけでなくご本人やご家族も病状を軽く見ています。
そのため病状が悪化したときは、たとえそれが自然な経過でも、患者さんやご家族は強く動揺します。
そして病状を軽く見てしまったという自身の後悔や、あるいは「医療従事者に軽く見られた」という印象によって、怒りが生まれます。
結果、病院に「誤診された」という気持ちが強くなるわけです。
このため、軽症の患者さんほど慎重に診療をして、慎重に説明をする必要があるわけです。
もう一度言います。
「次に受診するべき具体的な症状の説明は、軽症でも患者さん全員にして下さい。そしてご家族にも同じ説明をしてください。」
カルテを”ツッコミ待ちの物語”にしないために
ここまでで、一通りのカルテの書き方の説明は終了です。
ここから先は、「訴えられたら負けそう!」と背筋も凍るカルテを書かないためのポイントについて考えてみましょう。
さて、皆様は、カルテに「異常を見つけたが、経過観察」みたいな書き方をしたことはないでしょうか?
「〇〇(異常所見)があり、経過観察」も同様です。
とある研修医の先生が診た、発熱と頭痛が主訴の急性上気道炎の初期を疑う患者さんのカルテの実例を挙げましょう。
筆者のルーチン作業で、研修医の先生の帰宅後にカルテ記載を確認して回っていたところ、この患者さんのカルテのA/Pに、
「#発熱
髄膜炎を否定できない。帰宅。」
とたった2行だけ記されていたことがあります。
それを見つけた筆者が、滝の汗をかいたことは言うまでもありません。
これは筆者がコンサルトを受けた際に、急性上気道炎の診断の仕方や、髄膜炎を除外することの重要性を詳細に説明していたために生じた事態だと思います。
研修医の先生はそれを思い出したものの、仔細を省いた結果、このようなカルテ記載になったのでしょう。
「いやいや、さすがにそんな”ツッコミ待ち“みたいなカルテを書く人はそういないでしょ!」という声が聞こえてきそうですが……さて、本当にそう言い切れるでしょうか?
A/Pの中には問題なくとも、主訴やSやOに書かれた内容とA/Pの方針の間で、異常所見に関する評価がされていないなど、矛盾を含んでいる部分はありませんか?
たとえば、現病歴に書かれた症状と、身体所見やA(アセスメント)との間に矛盾が生じただけでも、冒頭で述べた”ツッコミ待ちの物語“の完成です。
この”ツッコミ待ちの物語”というのは、いまいちピンとこないという方が多いかと思います。
なぜなら、それは、実は患者さんを実際に診ている医療従事者にとっては、「患者さんの言ったこと」や「身体所見や検査所見」と「そこから考えた鑑別疾患」などの事実だけが書かれたごく普通のカルテだからです。
しかしカルテだけを見た場合、この”ツッコミ待ちの物語”と呼ばざるを得ない矛盾した記載が非常に多いというのが現状です。
(というかそれを目の当たりにし続けているという現在進行系の危機感がなければ、筆者も1年以上を費やしてこんな長~い記事を書きません……笑)
実例の一部を、カルテを読んだ上籍医のエセ関西弁のツッコミとともに見てみましょう。
例①
【現病歴】に「水も飲めない」と書いてある
↓
【A/P】で自宅で保存的加療が可能と評価されている(≒“飲水摂取が可能”と判断されている)
<上籍医の心のツッコミ>
飲めるん? 飲まれへんの?
ほんまに水が1滴も飲まれへんのなら、点滴なしに自宅で静養してたら脱水で命にかかわるで!
例②
【現病歴】に「ずっと痛くて、悪化してきた」(≒医学的には持続痛に分類される)と書いてある
↓
【A/P】で“間欠痛”を前提とした鑑別診断が挙げられ、経過観察の方針になっている
<上籍医の心のツッコミ>
持続痛なん? 間欠痛なん?
持続痛やったらレッドフラグやろ! 精査や治療の対象ですわ!
例③
【身体所見】に「jolt accentuation陽性」と書いてある
↓
【A/P】でクモ膜下出血や髄膜炎の除外について言及されないまま、機能性頭痛や急性上気道炎の診断になっている
<上籍医の心のツッコミ>
何のために身体診察をしたん?
陽性所見があったんやったら、その評価や除外診断もしたれや!
上記のような1枚のカルテ内での矛盾は、しょっちゅう見かるパターンです。
これは部分部分で見れば事実に基づいたカルテ記載です。
異常所見がある患者すべてが重症疾患というわけではないので、臨床的な判断が間違っているわけでもありません。
臨床的な診断は総合判断なので、一つの所見だけで診断や治療を決め打ちすることは必ずしも適切ではないからです。
それだけに、書いている当人がその矛盾に気づくのは、案外難しいものです。
しかし、何かトラブルがあった後などに第三者がそのカルテだけを見た場合は、「異常所見があるのに見逃されて、軽症として治療された」と考えられることもあり得ます。
たとえば患者さんがカルテ開示をすれば、もっと言えば、裁判官がその記載を見れば「誤診した」とすら判断されかねません。
これはニュースで見かけるような、適切な医療をしているのに(医療従事者から見ると)おかしな判決が下っている例の一因となり得ます。
法的な側面から自分の身を守るために、カルテ内の矛盾に気づく技術は医療従事者にとっては必須になります。
そのコツは、これまでも述べてきた通り、カルテを一枚のストーリーと考えて全体を見渡すことです。
自分が書いたカルテを「患者さんを診た記録」としてだけ見ている限り、その矛盾に気づくことはできません。
「カルテ全体を一連の物語」と考えて、それを読む第三者という意識を持って客観的に見直すことで、初めてその矛盾に気づきやすくなります。
しかし患者さんの主訴や身体所見、検査所見のすべてが、自分の考えた診断とぴったり一致することのほうが珍しいでしょう。
だからといって、自分の診断に都合の良い所見だけをカルテに書くわけにもいきません。
所見と診断に矛盾が生じる場合は、どうすれば良いのでしょうか?
答えは簡単で、重篤な鑑別疾患である確率はどのくらいなのかを御本人やご家族と共有して、治療方針について相談(shared descission making)したうえで、それを正直にカルテに記載すれば良いだけです。
一番簡潔な書き方のテンプレートとしては、以下のようになります。
「鑑別に〇〇が挙がるが、□□(理由)のため△△は疑いにくく、ご本人やご家族と相談の上、経過観察とした。」
内容によっては、ご本人やご家族とした相談についてはもっと詳しく書いたほうが良い場合もあります。
しかしそれほど確率が高くないと判断される鑑別疾患であれば、上記のような簡潔な一文でも許容されるでしょう。
また、医療従事者は精査や治療を推奨したけれど、患者さんが希望しなかった場合は、その旨も記載しましょう。
筆者は、医師が検査や治療などの診療行為を提案したが患者さんが「嫌です」と断った場合、あまり安易に「拒否した」などの言葉は書かない方が良いと考えています。
これには、公文書であるカルテに、患者さんへの主観の交じる言葉をなるだけ書きたくないという理由もありますが、さらに実用的な2つの理由があります。
1つ目は、目の前の患者さんとの信頼関係を良好に保つためです。
偶然患者さんがカルテを覗き込んだり、あるいはカルテ開示請求などで見たときに「検査を拒否した」などと書かれていたら、患者さんはどう思うでしょうか?
あまり良い感情は持たれず、もしかしたら医師に対する陰性感情が強まるかもしれません。
そして2つ目は、第三者がカルテ読んだときに、医療従事者と患者さんの意思疎通がうまくいかなかったという誤解をされないためです。
カルテに「検査を拒否した」などと書いてあると、コミュニケーションに失敗した印象があり、“きちんとした説明を受ける機会を得られずに、意思決定がなされてしまった”という印象を与えてしまうかもしれません。
そのため、筆者は基本的にはカルテに「〇〇の検査を提案したが、□□(理由)から希望されなかった」と書いています。
□□の部分には、「現在症状が軽快していることから」など、納得できる理由を付け加えるのがポイントです。
なお、筆者が「検査を拒否した」と書くのは、早期に検査や治療をしないと命にかかわる疾患の可能性があり、医師と看護師がそれぞれ説得しても同意を得られなかったようなときのみです。
そのときは、必ず患者さんに「我々病院スタッフは〇〇さんのことをとても心配しているので、もし症状が悪化したり、気が変わったときは、遠慮せずにまた病院に来て下さいね」とお伝えします。
そしてカルテにも「もし気が変わったときは受診するようお願いし、理解が得られた」旨を記載しています。
さて、先述の研修医の先生のカルテのA/Pに戻りましょう。
「#発熱
髄膜炎を否定できない。帰宅。」
というカルテには、筆者は別の記事として以下のように記載しました(A/Pのみ抜粋)。
どうしても研修医の先生のカルテ記載と矛盾が生じてしまうため、(ここに書いていない病歴や身体所見も含め)少し詳しめに書いています。
なお、このカルテだけを見ると伝わらないですが、実際の患者さんは、発症早期すぎて症状がなく急性上気道炎と決め打ちはできないものの、ごく普通のウイルス性感染症疑いでした。
もちろん増悪のリスクが0ということはないですが、筆者が1人で診察したのであれば、ここまで丁寧にはカルテを書かなかったかもしれません。
その意味では、不適切なカルテ記載のリスクや、カルテの書き方の重要性を再認識させてくれた大変貴重な経験でした。
筆者がカルテに救われた一例
最後に、筆者自身がカルテに救われた事例を、恥を忍んでお伝えしておきます。
個人情報に配慮するため具体的な診療内容や病名は伏せますが、これは昔実際にやってしまった、忘れられない「見逃し症例」です。
筆者の外来に、特に既往のない働き盛りのAさんが、何年も続くある部位の疼痛を主訴に受診されました。
その部位には他覚的にも明らかな疼痛があり、病歴と身体所見から筆者は「これは同部位の慢性炎症だろう」と考えました。
そこでAさんの希望を確認し、評価のためにCTを撮影することにしました。
案の定、CTでは筆者の睨んだ場所に大きな炎症があり、Aさんと相談して、そのまま専門のB科外来を受診することにしました。
B科外来では後日の手術の方針が決まりましたが、フォロー目的に筆者の内科外来も受診してもらうことにしました。
しかしその内科外来の日、筆者は偶然にも災害の影響で、病院に行くことができませんでした。
代わりにAさんの診療の経緯を知っている上司が診療をしてくださり、そこで内科外来は終診となりました。
筆者は、無事AさんがB科での手術を終了したことをカルテを通じて見届けました。
そしてAさんのことをすっかり忘れた約半年後のある日、病院長から呼び出しがありました。
実はAさんは、手術後も疼痛が改善しないためB科からC科に紹介になり、MRI検査の結果、炎症のあった部位より深部に腫瘍があると診断され、入院になったというのです。それは予後のよくない悪性腫瘍でした。
それを知ったご家族が「どうして初診のときに腫瘍が見逃されたのか? あのときもっと検査してくれていれば助かったのではないか」と病院に問い合わせ、院内調査委員会が立ち上がったと聞きました。
“見逃し”の根拠となったのが、初診時のCT画像の所見でした。
もちろん初診時にも確認していますが、放射線科の読影レポートでは、炎症疾患の指摘だけが記載されています。
しかし、後から別の超ベテラン放射線科医が見ると、CTスライスが斜めで分かりにくいものの、その時点で腫瘍を疑う所見があったようなのです。
(後日、医局のカンファレンスでCTをもう一度確認したのですが、我々にはまったく分かりませんでした……)
つまり、初診の時点で腫瘍は存在し、それを筆者が見逃していた可能性があるという判断でした。
普段腰が重い大病院とは思えないほど迅速に、審議会が開かれました。
筆者が呼び出されて入室すると、大きな会議室に各科の一番偉い先生がずらっと並んでいます。
各人の机の上には、患者さんの全カルテが印刷された分厚いコピー用紙の束が積み上げれていました。
審議会の最大の論点は、「初診時の診療は適切だったのか?」でした。
C科の先生がB科から紹介を受け診察したときには、わずかな神経学的異常所見があったとのことで、筆者の初診時にも同様の所見があれば、その時点でMRIなどの精査を考えるべきだったとのことでした。
筆者が緊張しながら「初診時点では異常所見はありませんでした」と答えると、進行役の病院長から「所見がなくても、それをカルテに書いてなければ証拠にはなりません」と厳しい指摘が入ります。
それに関しては、筆者は素直に答えることができました。
「書いてあります」
すぐさま参加者全員がカルテの印刷された分厚い紙束を繰り、該当部分を確認しはじめました。
先生方は、カルテ記載こそが病院の過失の有無を決める法的証拠だと知っていたのでしょう。皆が見たこともないほど真剣な目で文字を追っていました。
はたして初診時のカルテには、各神経学的診察では異常所見がなかった旨が記載されていました。
さらにそのカルテのA/Pの最後には、「ご本人とMRI精査について相談し、まずはB科で治療を受けたいとのことで、現段階では希望されなかった」という一文もありました。
それを読み上げた病院長は「まるでこの事態を見越したかようなディフェンシブなカルテですね」と苦笑いしていました。
この時点で、初診時の診療に関しては、大きな過誤はないという判断になったようでした。
次に議題となったCT所見に関しては、主に読影を担当した放射線科の先生が質疑を受け、忙しすぎる読影の現場ではそこまで精密な読影は難しい、という判断となりました。
C科の見地からすると、腫瘍はたとえ半年前に見つかっていても、予後は変わらなかったとのことですが、それでも「もっと早く見つけてほしかった」というご家族の気持ちは痛いほどわかります。
再診の日、筆者が外来に出られなかったことがひどく悔やまれました。
もうしばらく疼痛の経過を診ていれば、腫瘍をもう少し早く見つけられた可能性もあったのに……。
落ち込む私を知ってか知らずか、C科の先生は「最初に慢性炎症が疑われ、B科で手術しても改善せず、最後に当科に回って来て診断がつくというのは、この疾患では非常に典型的な病歴です」とフォローして下さいました。
最終的に、審議会での結論は、本件は医療過誤ではないという判断になりました。
患者さんやご家族の期待に添えなかった点に関して、筆者が直越謝罪と説明に行くべきではないかと考えていたのですが、会議の判断で、ご家族へ説明はまずはC科の現主治医の先生が行い、希望があれば関係者や病院長が説明するという方針になりました。
結局、ご家族にも納得頂けたようで、以降、筆者が呼び出されることはありませんでした。
このように、たとえ自分の診療自体はトラブルのないごく普通の流れだったとしても、後から問題が生じたときにカルテにきちんと記載がなければ、訴訟に発展していた可能性があったと思います。
筆者が訴訟の危機から逃れられた最大の要因は、
①臨床的に必要十分な身体診察を行い、その結果を陰性所見も含めてすべて記載していたこと
②医師と患者さんが相談した上で精査の方針を決め、それを明記していたこと
③患者さんやご家族が、この事実に納得してくれたこと
の3点でした。
①や②は、普段きちんと診察してカルテに記載することで達成することができます。
この長い記事をここまで真面目に読んできた貴方であれば、きっと明日から実行できることと思います。
一方③は、患者さんやご家族が主体で、我々医療従事者の努力だけではどうにもならないように感じます。
しかし実際には、ここにも我々の診療態度が大きく影響しています。
医療現場でのトラブルが訴訟となるか否かは「誤診をしたか否か」というよりも、「医師やスタッフの診療態度が悪かった」「患者さんやそのご家族と、リスクの共有ができていなかった」などが原因となることが多いからです。
筆者は患者さんにしか話をしていなかったので、その点で不足がありました。
今回のように受診時に病院には来なかったご家族への説明は難しいですが、もしこれが救急外来の受診であれば、「ご家族へも電話で説明しましょうか?」と伺っていたかもしれません。
皆様も、トラブルを避けて自分の身を守るためにも、診療にはできるだけ家族を巻き込み、相談した内容を、丁寧な診察所見とともにカルテにきちんと記載してくださいね。
まとめ
大変長くなりましたが、訴えられにくいカルテの書き方の大切な部分をお伝えできたと思います。
ここまで読んでくださった皆様であれば、もうおわかりとは思いますが、きちんとした診療ができていなければ適切なカルテを書くことはできません。
裏を返せば、カルテをきちんと書けるようになる練習をすると、臨床能力も飛躍的にアップします。
この両者に関して筆者もまだまだ修行中の身ですが、一緒に勉強していきましょう。
今回の記事が、少しでも皆様の臨床ライフの参考になれば幸いです。
参考文献
- 林寛之編, 「あなたも名医!もう困らない救急・当直 ver.3」, 日本医事新報社, 2017.
- 佐藤 健太, 「『型』が身につくカルテの書き方」, 医学書院, 2015
※本ブログに記載している患者さんの症例は、個人情報の漏洩に繋がることがないよう、複数の患者さんの病歴を混ぜて医学的に重要なエッセンスだけを抽出したり、臨床的判断に影響しないフェイクを加えています。