【完全解説】今日からできる重症外傷患者のみかた

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突然ですが皆様は、救急外来で一番治療を急ぐ疾患をご存知ですか?

ST上昇型心筋梗塞? ……90分以内のDoor to baloon timeが推奨されていますね。
敗血症? ……1時間以内の抗菌薬加療が推奨されていますね。
細菌性髄膜炎? ……成人なら1時間、小児なら30分以内の抗菌薬投与が目安ですね。

ご存知のように、どれも超緊急です。
しかし救急外来には、実はもっと治療を急がなければいけない疾患があります。

救急外来で最も時間との勝負になるのは、「重症外傷」です。
瀕死の外傷患者さんが助かるかどうかは、「搬入前(!)~搬入後約15分まで」で決まると言っても過言ではありません。

他の疾患なら教科書を盗み見しながら診療をするわずかな時間がありますが、重症外傷だけはそんなことをしている余裕はまったくないのです。
しかも、多数の臓器障害が同時に起こっていることのほうが普通であるため、やることの多さもひとつの臓器の疾患の比ではありません。

そのため、外傷に関わる可能性のある医療従事者ならば、だれもがスムーズに対応できるよう練習しておかないと、患者さんを救うことができません。
とはいえ重症外傷の初期診療は、お作法が決まっておりワンパターンです。
一度学んでおけば、軽症の外傷患者さんにもそのまま適応できるので、汎用性が高く大変便利です。

本記事を読みながら練習することで、最低限の外傷診療ができるようになります。

この記事は以下のような方のために書きました。

  • 外傷患者さんの診かたが分からない、診療が怖い
  • 自分が診療におけるメインの医師となって外傷患者さんを診療したい
  • できるだけ労力少なく、シンプルに外傷患者さんを診療できるようになりたい
  • ERに自分一人しかいないときに、専門医が来るまでの時間稼ぎができるようになりたい


一つでも当てはまった方も、一つも当てはまらなかった方も、読んで損のない内容だと思います。
外傷患者さんの診療は、スピード優先で行うかわりに完全にワンパターンです。
最初はABCDEの順に、次は部位別に評価と介入を行います。たったそれだけです。

やることは一見たくさんありますが、慣れれば、流れるようにできるようになります。
ホンモノの患者さんを診る前に、シミュレーション……というほど大仰でなくていいので、手近にあるもので練習してみましょう。

練習ではまず、ストレッチャーの上にお人形を置きます
わざわざ蘇生用のマネキンを準備する必要はなく、普通のぬいぐるみでOKです。
そしてこの記事に書いてある所見や行う処置を「声に出しながら」実際にやってみると、本当の外傷患者さんが搬送されてきたときにスムーズに動くことができます

ストレッチャーの周りで、声を出しながら実際の動きを練習しよう!



え? 「所見をわざわざ口にするなんておままごとみたいな真似、恥ずかしくてできるか! 実際の診療で患者さんの所見を誰かに報告するわけでもあるまいし」……ですって?
いえ、逐一報告しますよ。他のスタッフに。

多くの三次救命救急センターでは、メインで患者さんを診る医師は、患者さんの1つ1つの所見とやる介入処置をすべて宣言しています。
「Aの異常があるため挿管をします!」「出血性ショックと判断し、大量輸血を行います!」のような感じです。

これは筆者のいた三次救命外傷センターでも日常的に行われているやり方です。
実際に超格好いい外傷外科のドクター達が、日夜1つ1つの所見を口にしながら外傷診療に真剣に取り組んでいるのです。
彼らは、患者さんの命を救うために工夫に工夫を重ねて、迅速な治療を行うために、「所見を声を出し、行う処置を宣言する」というやり方にたどり着きました。
外傷に慣れていない我々がそれをやらない手はありません。

外傷センターではない一般的な救急外来で働く医師にとって、このやり方に抵抗があるのはよく分かります。
本記事の読者の方の多くが働いているのは、1~3次の診療を行っている救急外来だと思います。
外科や内科の当番の先生か、ER型救急医の先生が患者さんを診るタイプの救急外来です。
このような救急外来では、軽症患者さんが多く、患者さん1人に医師1人と看護師1人で対応することが多いです。
そのような少人数では、所見をわざわざ口に出さずとも、検査や処置のオーダーさえすれば診療は十分事足ります。
そのため、声に出す必要性をあまり感じていない先生も多いと思います。

しかし重症患者のときは話が別です。
大勢の医師と看護師、そして技師さんなど各スタッフが集結しなければ、患者さんを助けることができません。
実臨床では、誰が何をやっているのかお互いが理解できず、「当然誰かがやってくれているに違いない」という思い込みから、各治療が数分、数十分遅れることは、残念ながら珍しくありません。
そしてそのわずかな遅れが、重症外傷患者診療では命取りとなります。

主治医が静かに診療をしていると、周りの医療スタッフはどう動いていいのか分からなくなってしまいます。
せっかく集まっているプロフェッショナル達が次に何をすべきかを示す必要があります。
患者さんを救うために、お願いですから声を出してください……!!

とはいえ、これからやる練習は、患者さん不在の状況でひとりでやると、怪しいヤツだと思われてしまう可能性があります。
同僚に声をかけて一緒にやってみるか、周囲に「今から外傷のシミュレーションをします」と宣言しておくのをオススメいたします。

重症外傷診療で一番大事なのは、声を出すことです。
本記事にある「宣言すべきこと」は、JATECコースの実技テストでもそのまま使えますので、ご活用ください。


それでは、外傷診療のやり方について、とくに初学者が戸惑いがちなPrimary surveyを中心に、ガイドライン「Japan Advanced Trauma Evaluation and Care(JATEC)」をもとに学んでいきましょう。

重症外傷患者診療の大まかな流れ

外傷診療のざっくりとした治療のゴールは、優先順に
①大量出血に対して手術または血管内治療で止血すること
②脳ヘルニアを解除すること
③骨折の整復をすること
です。
このゴールに向けて、一分一秒を惜しんで診療を行います。

それではまずは重症外傷患者診療の大まかな流れをみてみましょう。
外傷診療でもっとも重要なポイントは、重症外傷患者診療は、患者さんが病院に着く前から始まっているということです!

STEP
救急隊からの収容依頼<情報収集と準備>

①電話:Load&GoならMISTのみ(バイタルサインなし)
   可能ならセカンドコールをもらう
②準備:人と物を集める

STEP
到着した救急車に患者を迎えに行く<第一印象>

会話(A・D)、撓骨動脈(C・E)、呼吸(B)をチェック(約15秒)
→ABCDEのどこに異常があるか見つける

STEP
病院のストレッチャーへの移乗と処置

処置:アンパッケージング、ライン確保、100%酸素15L
モニター:心電図モニター・SpO2

STEP
ABCDEの順に評価<Primary Survey>

=蘇生(生理学的介入)の要否を判断
A(気道) →気道閉塞:気管挿管、輪状甲状靭帯切開
B(呼吸) →気胸・血胸:胸腔穿刺、チェストチューブ、フレイルチェスト:陽圧換気による内固定
C(循環) →出血性ショック:輸血オーダー、緊急開胸・開腹術など、心タンポナーデ:心嚢穿刺、骨盤骨折:TAE、創外固定
D(意識) →切迫するD:Secondary SurveyのはじめにCT検討
E(環境・体温) →保温開始 

STEP
各部位を評価<Secondary Survey>

=根本治療の必要な解剖学的損傷の発見
①頭部、頸部、胸部(+必要時には腹部と会陰部)
②持ち上げて:背部
③四肢、神経

それでは、各ステップを1つずつ見ていきましょう。

目次

Step1. 救急隊からの収容依頼<情報収集と準備>

①救急隊から入電=情報を集める

普段、救急隊から患者さんの収容依頼があったときは、はバイタルサインなどの情報を聞きます。
しかし外傷の搬入依頼で、救急隊が「Load & Go(ロード・アンド・ゴー)症例です」と言った場合は、現場から病院へ詳細な情報を提供する余裕がないことを意味します。

「Load & Go」とは、高エネルギー外傷や重症度が高い患者さんのときに、救急隊が患者接触から5分以内に現場を出発すべきと判断された場合に用いる宣言です。
これは、受傷から決定的治療までを1時間以内に収めるための手法です。
この最初の1時間をgolden hour(ゴールデンアワー)と呼び、このラインを越えるか否かによって、患者さんの生死が分かれます。

そのため、救急隊が「Load & Go症例です」または「高エネルギー外傷で重症です」などと言った場合、その場でバイタルサインや既往歴などの詳細情報は聞きません
Load & Goと判断した根拠となる簡潔な情報<MIST>(Mechanism、Injury、Signs、Treatment)のみを聞いて、速やかに患者の受け入れが可能か否かを答え、現場を出発してもらいます
患者受け入れの準備に使える時間を知るため、「何分で着きますか?と到着までにかかる時間も聞きいておきましょう。

バイタルサインなど他の喉から手が出るほど欲しい情報は、急いで現場を出発してもらった後、道中で2回目の連絡をもらって、詳細を聞くようにしましょう。
収容依頼の電話を切る前に「セカンドコールを下さい!」と言えばそれだけで救急隊には伝わります。


……とはいえ搬送中は救急隊の方々もバタバタとしており、セカンドコールを依頼していても、忘れてしまうこともあります。
救急車内では、車を運転する機関員を除く、たった2人で重症患者さんに対応しているので、やむを得ないですね……
2回目の電話がないまま病院に到着することも残念ながらままありますので、「セカンドコールがないからまだ救急車は到着しないよね~♪」なんて油断は禁物です。

救急隊員は忙しい!

<Load & Go(ロード・アンド・ゴー)症例の収容依頼の電話で聞くこと>
※バイタルサインなどの詳細な情報は、出発を遅らせるため聞かない!

<MIST>
 Mecanism of injury:受傷機転
 Injury site:外傷部位
 Signs:ショックと判断した理由
 Treatment:治療

+到着までの時間
+セカンドコールを依頼

Load & Goのホットラインで大事なのは、初回の電話でのやりとりに時間をかけすぎないことです。
必要最小限の情報を漏れなく聞き出すのが重要です。
一刻も早く病院に向けて現場を出発したい救急隊の邪魔をして、患者さんの救命を妨げるようなことがないようにしましょう。

根本治療のため、重症外傷患者を急いで搬送してもらおう!

②患者受け入れの準備

患者さんが到着するまでの間に行う準備が、救命できるか否かの最大の勝負どころといっても過言ではありません。
何事もそうだと思いますが、こういう大事な局面で成功するか否かの決定要因は準備が8割です。
患者さんを救うための適切な診療を行えるかどうかは、ここであらかじめ、患者に起こりうる病態を想定して準備ができていたかにかかってきます。

患者さんが到着したらスムーズに診療が行えるよう、患者さんの状態を予想して必要になるかもしれないものはすべて近くに配置し、患者さんの受け入れ準備を完了させましょう。

<救急車到着までの準備物>
人を集める:医師、看護師、放射線検査技師

各部門に連絡する:輸血部、手術室、集中治療室、外科・麻酔科医師などに電話
処置準備:蘇生用具一式を用意、輸液を温める
検査機器:ポータブルレントゲンを呼ぶ、エコーのスイッチ入れる
感染防御:帽子、ゴーグル、マスク、手袋、ガウンを身につける

救急車到着までに準備すべきものを一つずつ見てみましょう。

人を集める

まずは人を集めます。集まった医師や看護師は、初療室(蘇生室)の中に入る人と、外回りをする人に分けます。
初療室の中に入る医師や看護師は、直接患者さんの診療にあたります。初療室の中に入る医師のうち1人が、患者さんを直接診療する「リーダー」(呼び方は様々です)となります。今回は、このリーダーをあなたと想定しましょう。
初療室に入らない医師のうち1人は、救急外来全体の指揮官である「コマンダー」となり、救急外来全体の状況を俯瞰し、指示を出します。
それ以外の外回りの医師や看護師は、関係者への病歴聴取や物品の準備、検査や薬品のオーダーなどを担当します。


コマンダーが他の患者さんや病院全体のことまで采配するのに対して、リーダーは搬送されてきた重症外傷患者さんの責任者であり、その場での主治医です。
リーダー医師は基本的に患者さんの頭元におり、ABCDEの評価を行い、必要に応じて気管挿管などを行います。
それ以外の初療室の中に入る医師や看護師は、あらかじめ誰が何の処置をするのかを決めておきましょう。

また、重症外傷が予想される場合、放射線技師さんには、可能な限りポータブルレントゲンと一緒に救急外来でスタンバイしてもらいましょう。
時間のかかるポータブルレントゲンを素早く撮影してもらうためです。

各部門に連絡する

放射線技師さん以外にも、輸血部、手術室、集中治療室、各専門医など、他部門へ先回りして連絡しておくことは非常に重要です。
それは、これらの部門の部屋や機器の準備が、患者治療の重大な律速段階になるからです。
電話連絡をすることで、「早く外傷治療したいのに、準備が揃わず患者さんが処置を行う場所に移動できない!」というトラブルを先に回避することができます。

<各部門に電話で伝えるべきこと>
放射線技師:ポータブルレントゲンの準備(ほぼ必須)
輸血部:ノンクロス大量輸血の可能性(ショックバイタルや意識障害ならほぼ必須)
手術室:緊急手術の可能性(ショックバイタルや意識障害ならほぼ必須)
集中治療室:入室の可能性(ショックバイタルや意識障害ならほぼ必須)
腹部外科医:ERでの緊急開腹術の可能性(特にショックや高エネルギー外傷が疑われる場合)
麻酔科医:緊急手術の可能性(特にショックや高エネルギー外傷が疑われる場合)
     緊急挿管の可能性(特に挿管困難が予想される体格や顔面外傷が疑われる場合、また挿管処置の心強い味方に!)
脳外科医:緊急開頭手術の可能性(特に重度意識障害がある場合)
整形外科医:緊急手術(創外固定)の可能性(特に骨盤骨折や四肢外傷が疑われる場合)

これらの可能性があることを「まだ行う治療が決まっていない段階で伝えておく」ことで、彼らはそれぞれ、必要になったときの準備をすることができます。
(中には、早めに救急外来まで様子を見に来てくれる心優しい人も!)
先述の通り、何事も準備が8割です。
私達現場の医師が忙しなく患者さんを診療している時間を、他の部門は有効活用でき、それが患者さんの命を救うのです!

……こういうのも、そのうちAIがなんとかしてくれたら嬉しいですね。
「Load &Go症例受け入れボタン」を押したら、各部署に連絡が行く……みたいな。
とても大事な連絡なので、そのようなシステムが整うまでは、気後れせずせっせと関連部署に電話をしましょう。

処置物品の準備

蘇生用具一式を用意し、輸液(リンゲル液)を温めます。
用意する処置物品は想定される外傷によって異なりますが、以下のようなものが挙げられます。

・リンゲル液(ラクテック注®やヴィーンF輸液®などのリンゲル液を温めたもの)
・ヤンカーサンクション
・経鼻エアウェイ
・バッグバルブマスク(アンビューバッグ®など)
・気管挿管用器具:
  喉頭鏡(できればマックグラスやエアウェイスコープなど挿管の助けになるものも)
  挿管チューブ(サイズは成人男性8mm、成人女性7mmくらいを選ぶことが多い)

  胃管チューブ
  鎮静薬、鎮痛薬、筋弛緩薬(すべてルートからの投与……バイタルサインが悪すぎて使えないことも多い)
  聴診器(挿管後に心窩部と左右胸部を聴診するため)
・胸腔ドレーン挿入用器具:
  メス
  ペアン鉗子
  胸腔ドレーン(サイズは28~32Fr(フレンチ))
  ドレナージボトル

ついでに輸液を早く温める裏技を伝授しましょう。筆者は恩師から、電子レンジで約50秒加熱すると39~42℃ぐらいになる、と習いました。
このやり方はメーカーは推奨していないので、あくまで裏技です。加熱時間も電子レンジの機種によって違うので短めの時間から確認してみてください。
血液製剤や糖を含んだ輸液は、電子レンジで温めてはダメなのでご注意下さい!!

検査機器

検査機器として、ポータブルレントゲンとエコーの準備は必須です。
「人を呼ぶ」のところでも言いましたが、放射線科の業務に余裕があれば、ポータブルレントゲンは患者さん到着前に救急外来でスタンバイしているのが理想です。

また、意外と起動に時間がかかるのがエコーです。
患者さんが来ると分かった時点でエコーの電源スイッチを入れておきましょう
(エコーは急いで準備すると、本体と電源コードの接続部が緩みがちなので、そこも確認してきちんとコード接続部を押し込みましょう
これを怠ると患者さんにエコーを当てている途中でバッテリーが上がり画面が消え、再起動のタイムロスにたいそう焦ります……)
素早く腹腔内出血や血気胸などを見つけることができるE-FAST(Extended Focused Assessment with Sonography in Trauma)は、患者さんの命を救う一手を打つ判断に必須の道具です。

感染防御(スタンダードプリコーション)

帽子、ゴーグル、マスク、手袋、ガウンを必ず身につけましょう
練習のときは、ひとつずつ身体の部位を手で触りながら、帽子、ゴーグル、マスク、手袋、ガウン……と唱えると忘れないでしょう。

感染防御はスタンダードプリコーションとも呼ばれ、我々医療従事者の身を守る意味でもなくてはならないものです。
COVID-19の流行により、多くの医療従事者にとって、より身近に感じられる存在になった気がします。

帽子、ゴーグル、マスク、手袋、ガウン……感染防御同様に必須です。



ただし重症外傷患者さんの診察で浴びる体液の量は、COVID-19患者さんの診療で浴びる飛沫の比ではありません。
診察に必須の触診をするだけでも手には血がつき、顔には血飛沫が飛びますし、手技のひとつもすれば、医療従事者は全身血まみれになることは珍しくありません

筆者自身、ガウンをすり抜け自前のスラックスが真っ赤に染まってしまい、泣く泣く捨てたことが何度かあります。

「さすがに帽子までいらななくない?」と思われる方もおられるかもしれません。
でも、動脈性の出血が吹き出して天井まで汚し、降り注ぐ血を浴びる……なんてことも稀にあり、できる限り全身を防御しておきたいのが本音です。

一見パーフェクトなスタンダードプリコーション! 帽子を忘れがち。



また、床に血が落ちることが想定される場合は、床にもシートを張り、医療従事者はシューズカバーもつけるとより良いでしょう。
(ただし足元が滑りやすくなるので、転ばないように注意してくださいね!)

感染症から身を守るため、そして少しでも汚れないために、最低でも帽子、ゴーグル、マスク、手袋、ガウンは必ず身につけましょう。

それでは、Step1の<情報収集と準備>でやることをまとめておきましょう。

Step1の<情報収集と準備>
A. 救急隊からの収容依頼

①MISTを確認
 Mecanism of injury:受傷機転
 Injury site:外傷部位
 Signs:ショックと判断した理由
 Treatment:治療
②到着までの時間の確認
③セカンドコールを依頼

B. 救急車到着までの準備物
人を集める:医師、看護師、放射線検査技師
各部門に連絡する:輸血部、手術室、集中治療室、外科・麻酔科医師などに電話
処置準備:蘇生用具一式を用意、輸液を温める
検査機器:ポータブルレントゲンを呼ぶ、エコーのスイッチ入れる
感染防御:帽子、ゴーグル、マスク、手袋、ガウンを身につける

考え得る外傷に必要な処置を想定して色々と準備をしているうちに、遠くから救急車のサイレンが聞こえて来ましたよ。
ここからは時間との勝負です!

しっかり準備して、いよいよ患者さんを迎えに行こう!

Step2. 到着した救急車に患者を迎えに行く<第一印象>

さぁ、とうとう患者さんを乗せた救急車が病院の救急搬送口に到着しました。ここから先は、一分一秒も無駄にできません。
到着した救急車の後部ドアをノックしてから開き、患者さんの乗ったストレッチャーを救急外来の初療室(処置室と呼ばれることも)へ誘導します。
ストレッチャーの移動は救急隊にお任せして、リーダーであるあなたは初療室に入るまでの約15秒間で、患者さんの「第一印象」を評価します
「第一印象」の評価により、患者さんのABCDEのどこに異常があるのかを見つけ出します
あなたが何の所見を見ているのか、A、B、Cとひとつずつ言いながら確認しましょう。

手順は以下のとおりです。
まずストレッチャー上の患者さんの頭元に寄ります。そこがこの患者診療のリーダーであるあなたの定位置です。
(コマンダーの指示がない限り、レントゲン撮影の瞬間などを除いてできる限り患者さんの頭元から離れないようにしましょう。)

患者さんの口元から呼気を感じつつ、自分の指3本(示指、中指、環指の腹)を使って患者さんの撓骨動脈を触知します。

呼吸が早かったり努力呼吸をしていれば、Bに異常があると考えます。この短時間に呼吸回数をカウントをする余裕はないことが多いので、頻呼吸かどうかが分かりにくければ、患者さんの胸の上下に合わせて、自分も同じ回数呼吸をしてみましょう。
それによって、呼吸が早いかどうかが体感で判断できます。

撓骨動脈に触れたとき、よく触れれていれば血圧は 80mmHg以上あると考えてよいでしょう。皮膚が湿潤で脈が早い場合は、Cに異常があると考えます。

そして患者さんに話しかけてみます。
かける言葉は相手の重症度に合わせたものになりますが、
患者さんに、周囲への反応がなさそうなときは「わかりますか?」
患者さんにある程度反応があるときは「痛いところはどこですか?」
患者さんに意識があり不安そうにしているとき「大変でしたね。もう病院につきましたから安心してくださいね」
などを選ぶことが多いです。

患者さんが会話可能であれば、ひとまずAとDはOKという判断になります。

それでは、Step2の<第一印象>でチェックすることをまとめておきましょう。

Step2.<第一印象>(約15秒)
会話ができる=A・D はOK
撓骨動脈:皮膚が湿潤で脈が早い=Cに異常
呼吸:頻呼吸=Bに異常

これらの所見を大きな声ではっきりと、周囲の医療従事者に伝えて下さい。
患者のABCDの状況が分からなければ、他のスタッフが適切に動くことができません。

Step3. 病院のストレッチャーへの移乗と処置

第一印象を見ている間に、患者さんの載せられた救急車のストレッチャーが、病院のストレッチャーに横付けされます。
病院のストレッチャーに患者さんを移動しましょう。
頭と胸・骨盤の左右2名ずつ、合計5名くらいでバックボード持つのが理想です。

脊柱固定用のボード(バックボード)に乗っていない場合も同様です。患者さんに「棒のようにまっすぐにしていてくださいね」と声をかけて、同じくトレッチャーへ移動させます。

リーダーであるあなたは、頭を持ちます。
頭側から両手を肩の下にまで入れ、左右から自分の両腕で患者さんの首を挟むような形でしっかり固定します。
あとは胸・骨盤の左右2名ずつと、両足を持つ人1名の合計6名が必要でしょう。
「1、2、3!」の掛け声とともに、臥位の患者さんが地面に平行な状態を保ったまま移動しましょう。

なお、患者移動のときに掛け声を出すのは、必ず患者さんの頭元を支える人(=リーダーであるあなた)です。
これは、患者さんの体が固定されていない状況では特に重要です。
頭と他の部位がバラバラに動いてしまうと、首が他動的に曲げられ脊椎損傷を起こしてしまう可能性があるためです。

移動したら、患者につけられたマスクにつながる酸素を供給するチューブを、救急隊の酸素ボンベから、病院の壁の配管へ付け替えます。

そして脊柱固定用のボード(バックボード)に真っすぐの姿勢で固定されている患者さんの固定ベルトを、上から順に外していきます
これを「頭からアンパッケージングする」といいます。

アンパッケージングは必ず上から(頭側から)やるのが重要です。
先に四肢や体幹部を固定するベルトを外してしまうと、頭だけが固定されている状態で体を動かしてしまい(これをぐねぐねと動くヘビになぞらえ「スネーキング」と呼びます)、首が他動的に曲げられ脊椎損傷を起こしてしまう可能性があるからです。

患者さんがストレッチャーに乗せられたら、以下の処置をスタッフと手分けして行います。

・ライン確保&採血:重症の場合は18G(ゲージ)で2箇所
リザーバー付きマスクで100%酸素を15L投与
心電図モニター装着
サチュレーションモニター装着

ちなみに酸素のチューブは周囲が動いていると足を引っ掛けたりして知らぬ間に外れがちなので、ときどき確認しましょう。
(病棟などでの急変時対応のときもそうなのですが、酸素チューブはマジで気づかないうちに簡単に外れてます。要注意!)

それでは、ここまでのStep3. 病院のストレッチャーへの移乗と処置の流れをまとめておきましょう。

Step3. 病院のストレッチャーへの移乗と処置
患者を脊柱固定ボードごと病院のストレッチャーへ乗せる
酸素ボンベ→壁の酸素配管へ付け替え
頭からアンパッケージング
太いライン確保&採血
リザーバー付きマスクで100%酸素15L投与
心電図モニター
SpO2モニター


これらが終われば、速やかに詳細なABCDE評価に入ります。これを<Primary suvey>と呼びます。
人手が十分にある場合は、上記の処置は他のスタッフに任せ、最初からABCDEの評価をはじめてもOKです。

Step4. ABCDEの順に評価<Primary Survey>

<Primary Survey>では、いよいよ本格的にABCDEの評価を行います。
患者を直接診る医師がひとりしかおらず、自分だけで患者を診察する場合は、必ずA→B→C→D→Eの順に評価を行います!!

大人数で同時に診療している場合は、Aから順の優先順位を守っていれば、同時に介入しても大丈夫です。
AやBの介入中にCも介入する(例:血圧を測る、点滴ルートを取る)などは問題ありません。
しかしリーダーであるあなた自身は、決して評価し介入する順番を入れ替えてはいけません!

その理由は、2024年現在で当ブログ一番人気の記事、【完全解説】どんな重症患者もワンパターンで診られる方法で詳しく説明しているので、復習しておきましょう。


ABCDEのいずれかに異常を発見したら、まずその評価を大声で宣言して周囲のスタッフに知らせ、それに対処するために行う予定の処置を宣言します。
そうすることで、周囲がスムーズに必要な処置を手伝うことができます。

それでは、A→B→C→D→Eの順にみていきましょう。

A(気道)の評価:気道閉塞は最優先で解除せよ!

まずはA(Airway:気道)の評価をします。
外傷によるAの異常は、口腔内の血液や異物の存在、意識障害による舌根沈下などで起こります。

Aの評価の前に……
通常、重症外傷患者さんには救急隊が頚椎カラーをつけて搬送してきますが、ついていない場合は速やかに病院の頚椎カラーをつけましょう
頚椎を保護するため、頚椎の評価が終わるまでは頚椎カラーはしっかりつけておきます。
患者さんに意識がある場合は「頭は動かさないでください」とお願いしておきましょう。

頚椎カラーは基本、頸部の評価と挿管時以外は外さない!

Aの評価に戻ります。
Aの異常は主にで確認します。

声が出ているなら気道はひとまず開通していると考えます。
ただし声が出ていても、口腔内に大量の出血がある、あるいは喉の奥に血が垂れ込んで咳き込んでいる、などの場合はAの異常=気道閉塞のリスクがあると考え気道の確保を行います

なおAの管理では、急な嘔吐にも気をつけましょう。Aの異常は、常に警戒していないと唐突に発生します。
Aの評価時に限らず、診療中は患者さんの顔を常に観察し、えづくそぶりがないかなど、表情の変化を確認しておきましょう
経験上、特に突然嘔吐しやすいのは、意識障害がある(≒ショックまたは頭蓋内損傷の可能性がある)患者さんです。

仰向けに嘔吐すると吐物が気道に詰まり窒息するので、嘔吐しそうな動きがあれば、左右どちらかに患者さんの上半身を向けます
患者さんの頚を曲げてはいけないので、患者さんの頭側から肩の下にあなたの両手を入れて、患者さんの頚をあなたの腕で挟む形で持ち上げ、患者さんの上半身を左右どちらかに傾けましょう。
1人でもできなくはないですが、できれば2人以上の医療スタッフで行いたいところです。

気道の異常に対して行える処置は、軽症者に行える簡単なものから順に、以下のものがあります。

Aの異常への介入
①吸引、異物除去
②用手的気道確保(◯下顎挙上、×頭部後屈)、経鼻エアウェイ挿入
③マスク換気
④気管挿管(一般には経口的にアプローチ)
⑤外科的気道確保(輪状甲状靭帯穿刺、輪状甲状靭帯切開)

となります。
(余談ですが、気道の異常がある場合、②のマスク換気は根本解決にならないその場しのぎにすぎず、結局③以降を行うようになることが多いです。)

たとえば、吸引しても血液のたれこみにより気道の開通が安定せず、酸素投与してもSpO2が90%いかないような場合は、「気道管理を目的として挿管する」という判断をします。

判断をしたら、恥ずかしがらずに、どのように評価をして、それに対してどんな介入をするのかを宣言しましょう。
「吸引しても血液のたれ込みで気道が閉塞してしまい、酸素投与してもSpO2が90%いかないので挿管します!」
のように言えば、患者さんの頭元から離れられないあなたの代わりに、周りのスタッフが必要なものの準備を手伝ってくれます。

①吸引、異物除去

特に口腔内に垂れ込んだ血液や、意識障害により嚥下できない唾液、吐物を吸引します。
量が多いため、吸引用のサクションチューブの先端には、普段使っている細くて奥の方を吸えるサンクションカテーテル(吸引カテーテル)ではなく、口腔内を一気に吸えるヤンカーサクションをつけて使います。
あまりに口腔内の出血量が多いときは、ヤンカーサクションすら外してサクションチューブ(吸引チューブ)で直接口腔内を吸い出さないと、気道の確保が間に合わないこともあります……恐ろしい……

②用手的気道確保(◯下顎挙上、×頭部後屈)、経鼻エアウェイ挿入

意識障害などによる舌根沈下がある場合、用手的気道確保として下顎挙上を行います。
麻酔科で習った気道確保といえば頭部後屈だと思いますが、頸椎損傷の可能性がある外傷患者で行ってはいけません。頚椎カラーも外さないでください。
気道確保が必要な患者はABCDに異常がある、つまり頚椎の身体所見評価ができないので、基本的にはすべての気道確保が必要な患者で頚椎カラーによる頚椎保護が必要になります。

舌根沈下のみの場合は、経鼻エアウェイ挿入である程度の気道確保が可能です。
ただし頭蓋底骨折が疑われる状況では経鼻挿入は禁忌となります。
頭蓋底骨折が疑われるのは、顔面が潰された外傷、パンダの目、サラサラとした鼻水(髄液鼻漏)があるときです。

エアウェイは経口用のものもあるのですが、外傷診療ではあまり使われるの見ません。
そのような状況では、④の気管挿管をすることが多い印象です。

③マスク換気

①、②で十分な気道が確保できない場合、マスク換気(用手換気)を行います。
胃に空気が入るので、嘔吐に注意してください。

④気管挿管

経口気管挿管のやり方だけで1つの記事が書けてしまうので、ここでは記載しません。たくさん手技の成書が出ているので確認してみて下さい。
頚を動かさないよう、頭の位置を保持しながらの挿管となるので、手術室での挿管よりも困難となることが多いです。

初心者は挿管時に口の中のことだけに囚われがちなので、ひとつだけヒントをお伝えしておくと、挿管成功の最大の秘訣は「準備」、具体的には器材の準備と患者さんのポジショニングです

器材に関しては、挿管チューブがゼリーでちゃんと滑るかなどを確認します。
また、挿管するときは患者さんの口元から目を話さなくてもいい位置で挿管チューブを渡してもらえるように介助のスタッフに頼んでおきましょう。
挿管に失敗したときのバックアッププランの準備も必須です。

患者さんのポジショニングとは、ストレッチャーの位置を通常診療時より高くすること、患者さんの頭をストレッチャーの端に来るようにすることなど、あなたが挿管しやすい位置取りをしておくことです。
あとは喉頭鏡を挿入する前、そしてクロスフィンガーをする前に、下顎を下に引いて、口をきちんと開かせることも重要です。

これらのでき次第で、挿管の成功の9割は決まります。いやマジです。
あとは教科書どおりに気管挿管を行います。

挿管後は換気をしながらまず最初に心窩部で胃泡音がしないことを確認し、その後に左右の胸部で呼吸音を確認します。
きちんと挿管チューブが気管に入っているかを確認するには、画像以外ではカプノメーター(呼気中の二酸化炭素の濃度を測定する機器)が最も正確とされています。

ついでにもう一点、忘れがちなところを書いておきましょう。
挿管をしたら、レントゲンで挿管チューブの先端の位置を確認しますが、そのレントゲン撮影前に胃管チューブを入れておきましょう
そうすれば、胃管の先端の位置も一緒にレントゲンで確認できます。

なお、胃管は、頭蓋底骨折が疑われなければ普段の手術室での挿管後のように経鼻胃管(NGチューブ)を入れますが、頭蓋底骨折が疑われれば経口胃管(OGチューブ)を入れます。
頭蓋底骨折が疑われるのは、顔面が潰された外傷、パンダの目、サラサラとした鼻水(髄液鼻漏)があるときで、経鼻胃管挿入は禁忌となります。

異物が詰まっているなど、経口または経鼻の挿管ができないような緊急事態の場合、輪状甲状靭帯穿刺や輪状甲状靭帯切開を行います

このときのポイントは、穿刺をする場合は患者の頚の左側に立ち、切開をする場合は患者の右に立つことです。
(なお、筆者のように左利きの人の場合は、どちらで器具を持つか次第ですが、左右が逆になることが多いです。
同類の皆様には申し訳ないのですが、以下はこの世の多数派である右利きを基準に書いていきます。)

⑤-a. 輪状甲状靭帯穿

この手技の注意点は、換気がせいぜい30分程度しか保たないことです。
しかも血がたれて来る場合は、血液ですぐに詰まってしまい役に立ちません。
そのため、実臨床では成人の場合、後述する輪状甲状靭帯切開をやることが多いです。
(小児では輪状甲状靭帯切開が禁忌となるため、どうしても挿管できない場合はこちらをやらざるを得ませんが……)

外傷診療の大雑把な流れを知りたいだけの方は、以下の「輪状甲状靭帯穿刺のやり方」は読み飛ばしてもらってOKです。
しかし手技自体は、輪状甲状靱帯切開よりはこちらのほうが簡単なので(なんせ針を刺すだけ)、外傷のほか、窒息患者さんを一人ぼっちで診る羽目になったときなどのために、勉強しておいても損はないとは思います。

輪状甲状靭帯穿刺のやり方

準備物は、14Gの血管留置針(サーフロー針®など)に、5mlまたは10mlのシリンジをつけたものです。
この針を輪状甲状靭帯に刺します。

輪状甲状靭帯の一般的な探し方は頚の頭側から探すものです。
左手人差し指を頚部正中を頭側(顎下あたり)から尾側に滑らしていき、喉頭隆起を触れ、そのさらに尾側に硬い輪状軟骨を触れ、その直上にある陥凹が輪状甲状靭帯」というのがよくある説明です。

ただしこの探し方は、女性や小児ではわかりにくいため、筆者のボスは逆に、頚の尾側側から探す方法を推奨していました。
このやり方は初学者向けの外傷診療コースであるPTLSのテキストでも紹介されています。
胸骨切痕から頭側に向かって頚部正中をなぞっていき、はじめに触れる硬い軟骨が輪状軟骨で、その上の陥凹が輪状甲状靭帯(筆者一部改変)」という探し方です。

輪状甲状靭帯がみつかったら、左手の母指と中指で輪状軟骨を把持し、シリンジを引きながら針を首の表面に対して90度に立てて穿刺します。
空気が引けたところからさらに5mmだけ進め、針の角度を尾側方向へ45度傾けて外筒のみを進め、内針を抜きます
この注射針という細~い通り道から酸素を投与するわけですが、その方法は3通りあります。

①高圧ジェット換気(上気道完全閉塞では禁忌)
②高流量酸素換気
③バックバルブまたは人工呼吸器への接続


①高圧ジェット換気
機械がある場合しかできませんが、輪状甲状靭帯穿刺の中ではもっとも効率的に換気が行えます。
ただし、上気道完全閉塞では禁忌となることに注意が必要です。
送気(吸気)1秒:排気(呼気)3秒です。
140kPaから開始し、胸郭の動きやSpO2を見ながら圧を調整します。最大350kPaまでです。

②高流量酸素換気
酸素を15L/min(全開)にした状態で、
上気道開放時であれば、送気1秒:排気1秒で換気を行います。
上気道完全閉塞時であれば、送気1秒:排気4秒となります。
残念ながら、高圧ジェット換気と比べ、十分な換気量とはなりにくいです……

③バックバルブまたは人工呼吸器への接続
留置針にプランジャー(押し子)を外した2.5mlのシリンジをつけ、さらにそこに7.5mm挿管チューブのコネクタをつけると、人工呼吸器への接続が可能になります。
こちらも残念ながら、空気抵抗が強すぎて、十分な換気ができるとは言い難いです……

⑤-b. 輪状甲状靭帯切開

輪状甲状靭帯切開の方が、輪状甲状靱帯穿刺よりも確実に換気ができるため、慣れた救急医や外科医の先生は、たいていこちらをファーストチョイスにします。
ただし、12歳以下の小児は禁忌となるため注意が必要です。
この手技を初心者が一人でやるのはかなりハードルが高いので、慣れている先生の指示を仰ぎましょう。

外傷診療の大雑把な流れを知りたいだけの方は、以下の「輪状甲状靭帯切開のやり方」はひとまず読み飛ばしてOKです。

輪状甲状靭帯切開のやり方

まず以下の物品を準備します。

清潔手袋
消毒
吸引チューブ
メス(尖刃刀)
曲がりペアン鉗子(または鼻鏡)
シリンジ(5mlまたは10ml)
気管切開チューブ(トラヘルパー®など)、または6mmの気管チューブ
バッグバルブ
スタイレット

気管に挿入するチューブは、普通の気管チューブでも大丈夫ですが、喉から直接気管に挿入するにはかなり長いので、トラヘルパー®のような専用の短い器具がある場合はそちらを使いましょう。

それでは処置に入りましょう。まずは患者の右側に立ちます。

輪状甲状靭帯穿刺で説明した方法で、輪状甲状靭帯を見つけます。
(胸骨切痕から前頚部を上に触れて、1番最初に触れるのが輪状軟骨→その上の陥凹が輪状甲状靭帯)

そして左手の母指、中指で輪状軟骨を把持します。
その間にある左示指で輪状靭帯を確認し、メス(尖刃刀)で、皮膚に2cmの横切開と輪状甲状靭帯に1.5cmの横切開を加えます。このときの深さは、尖刃刀の刃の半分くらいです。

右手で持った曲がりペアンを切開孔に入れ、横、縦、横と3回広げます
そしてペアンを開いた状態で頭側に倒し、左手に持ち替え気切チューブまたはスタイレットをいれた気管挿管チューブを切開孔に入れます
気切チューブは短いので、そのまま切開孔に奥までズボッと入れてしまえばOKです。

気管挿管チューブは長すぎるので、カフが見えなくなる程度の深さで止めましょう。
(気管挿管チューブは、2本の黒線は両方見えるくらいの浅さであることに注意が必要です。)

Aについてまとめておきましょう。
外傷によるAの異常は、口腔内の血液や異物の存在、意識障害による舌根沈下などで起こります。
Aの異常があったら、まずは①吸引や、下顎挙上、経鼻エアウェイ挿入で気道を開通させる努力をし、②マスク換気でSpO2が上がるかを確認。
それでもダメなら③気管挿管、それすらできないならプロと一緒に④外科的気道確保(輪状甲状靭帯穿刺、輪状甲状靭帯切開)という順です。

繰り返しになりますが、Aに異常がある場合は、まずはその解除を試みます。
「Aへの介入がうまくいかないから、そこは一旦保留して先にできそうなBやCへの介入を……」などと考えては絶対にいけません!
特に医師が1人の状況で患者さんをみている場合は、Aの異常に介入し終わるまで、B~Eの異常に取り掛かってはいけないのです。

あるいは、2人以上の医師で患者さんを見ている場合も、「誰かがAをやってくれるかもしれないし、とりあえず自分は得意なCの評価からやろ~」などと考えてもダメです!
たとえあなたの周りに人がたくさんいて、同時にBやC に介入してくれている場合でも、リーダーであるあなたは必ずAから取り掛からなければいけません。

患者さんをメインで診察する人は、必ずA→B→C→D→Eの順に診療を進めましょう。

これだけしつこく言えば、あなたが患者さんを窒息死で失うリスクはかなり減るはずです……
本当にお願いしますね……窒息は怖いですからね……

それでは、次はBの呼吸についてみてみましょう。

B(呼吸)の評価:緊張性気胸を絶対見逃すな!

B(Breathing:呼吸)の評価をしましょう。
Bの評価はSpO2だけではありません。五感を使って評価する必要があります。
基本は「見て」→「聴いて」→「触って」→「叩いて」です。

実はBの評価の時点では一般に、レントゲンはまだ撮りません
レントゲンを撮っている時間も惜しい、処置の必要な超緊急の外傷を見つけて介入しなければならないからです。


Bの異常を引き起こす外傷はさまざまですが、特に致死的なものとして心タンポナーデ、気道閉塞、フレイルチェスト、緊張性気胸、開放性気胸、大量血胸が挙げられます。
こられは<TAF3X>または<ケガ来たドキドキ>と覚えます。

TAF3X>

T:cardiac Tamponade(心タンポナーデ)
AAirway obstruction(気道閉塞)
FFrail chest(フレイルチェスト)
X:tension pneumothoraX(緊張性気胸)
X:open pneumothoraX(開放性気胸)
X:massive hemothoraX(大量血胸)


<ケガきた、ドキドキ>

:大量
ガ(カ)放性気胸
張性気胸
:心ンポナーデ
揺胸郭(フレイルチェスト)
キド気道閉塞

どちらで覚えても、中身は同じです。
それでは、上記ゴロ合わせの鑑別疾患を念頭に、Bの診察を行っていきましょう。

Bの頚部の評価

Bの評価の最初に、ネックカラーを外して頚部を観察します。
この救急隊がつけてきたネックカラーを外す前に、つけ替え用の病院所有のネックカラーを準備しましょう。
(状況や地域によっては、救急隊のネックカラーを借りたまま診療を続けることもあります。)
そして必ず他の人に「頭をおさえて下さい」と依頼し、意識のある患者さんには「今から首を見ますが、頭を動かさないでください」とお願いします

ネックカラーを外したら、素早く以下の所見がないか、診察を行います。
「見て」→「聴いて」→「触って」の順です。

[視診] 明らかな外傷跡、頸静脈怒張、努力様呼吸(呼吸補助筋の使用)
[触診] 気管の偏位、皮下気腫を手で触って確認
[聴診] 頸部の聴診

診察後は、すばやくネックカラーを病院のものに付け直します。

Bの胸部の評価

胸部の観察を行いましょう。
呼吸が観察しにくいときは、しゃがんで胸に目線を合わせると見えやすいです。
それでもわからない場合は、足側から胸を診ると分かりやすいです……ただしあまり長時間、患者さんの頭元から離れないようにしましょう。

以下の診察を行い、異常所見がないか確認します。
「見て」→「聴いて」→「触って」→「叩いて」の順です。

[モニター] SpO2低下
[視診] 呼吸数(頻呼吸)
   見て分かる明らかな外傷
   呼吸での胸郭の上がりの左右差(奇異運動)
[聴診] 呼吸音左右差(4点:左右の側胸部と前胸部
[触診] 握雪感、圧痛
[打診] 鼓音(前胸部)、濁音(背側胸部)
←正直騒がしいERではわかりにくいです……

ここでBの観察時のアドバイスをいくつか。

外傷の聴診で大事なのは、前胸部よりも側胸部の方です。
これは側胸部の聴診のほうが、呼吸音の左右差を聞き分けるのに向いているためです。

↑このような前胸部聴診よりも、側胸部の聴診をしっかりやろう!



また触診を行うときは、普段のように胸部を一部分ずつ丁寧に触るのは後回しにして、まずは胸郭全体の動揺や圧痛をみます。
胸郭(胸部)を肺と心臓の入った筒状の構造物と見立てると、その筒を左右や上下から押しつぶすようなイメージで触診を行います。
具体的には、左右の側胸部にあなたの大きく広げた手をガッと当て、中央に向けてグッと押します。
次に左右の前胸部にあなたの大きく広げた手をベタッと当て、下に向けてグッと押します。
(これら擬音語で、動きのダイナミックさが伝わって欲しい……)
これによって、動揺胸郭や大まかな圧痛がわかります。

こんな感じで、胸部全体を掌で包み込み、グッと押す



異常を見つけた場合、疾患別に介入を行います。
Bの異常でショック徴候を呈している場合など、Xpを撮っているヒマはないことも多く、身体所見のみから診断して介入する必要があります。
Bの異常を起こす比較的頻度の高い疾患として、TAF3Xの中でも緊張性気胸やフレイルチェストなどが挙げられます。
それらの典型的な身体所見と介入処置をみていきましょう。

緊張性気胸

外傷による心肺停止寸前の患者さんを、後遺症なく救える可能性のある数少ない疾患です。
これだけは「見逃すことは許されない」と心しましょう……お互いに。

初期対応に必要なものは、サーフロー針やドレナージチューブ数本だけで、基本的に大きな手術は不要です。
あなたの診断と処置が瀕死の患者さんを救う、「奇跡を起こし得る」病態なので、しっかりマスターしましょう!

緊張性気胸

【身体所見】
胸郭の上がりや呼吸音の左右差
握雪感、鼓音など
ただし緊張性気胸の約半分は、挿管して換気をはじめてから見つかります
最初の診察時にこれらのBの異常所見がなくても、バイタルサインが崩れたとき(SpO2低下、血圧低下、不穏など)は必ず再評価しなければなりません

【介入処置】
①胸腔穿刺
②チェストチューブ挿入を行います。
①は基本的にその場しのぎの処置のため、最終的には②が必要になることが多いです。

ただ、①胸腔穿刺の方が簡単なため、慣れない医師が一人で診察を行っている場合や物品がすぐに出てこない場合は、急場をしのぐために胸腔穿刺を行います。
外傷慣れした医師が複数人いる状況であれば、最初からいきなり②のチェストチューブ挿入を行うことも多いです。
特に院外心停止の患者さんを診療する場合、頭元でABCDの評価をするリーダー医師とは別に、医師2人がドレーンを持って待ち構えていて、患者が病院のストレッチャーに移乗させられたと同時に、左右の胸部から挿入処置をする……というのもわりと定番です。

①胸腔穿刺
第2肋間(第3肋骨の上縁)の鎖骨中線に 18G以上サーフロー留置針を3本刺します。
※肋骨は下縁側に肋間神経や動静脈が走っているため、肋間に何かを刺すときは必ず肋骨上縁をかすめる位置を狙います

②チェストチューブ挿入
第4肋間(第5肋骨の上縁)または第5肋間(第6肋骨の上縁)の前~中腋窩線
28Fr以上のドレーンチューブを挿入します。
高さのイメージが沸かない人のためにざっくりいうと、第5肋骨が乳頭の高さになります。
乳頭の高さは、最大呼気時に横隔膜が上がる高さです。
胸腔穿刺のつもりが腹腔穿刺にならなよう、横隔膜より上のこの位置で挿入します。

緊張性気胸ではレントゲンを撮る前に介入処置を行うのが基本です。しかしもしレントゲンを撮影した場合はdeep sulcus signが典型的な所見となります。
レントゲンを撮影するとき、たとえば挿管後にチューブの位置を確認するときなどは、ついでに横隔膜の位置も確認しましょう。

処置を行う場合は診断と合わせて宣言しましょう。
「緊張性気胸です。チェストチューブを入れます」
のように言います。

物品がすぐに出てこない場合は、
「28Fr以上のドレーンを準備して下さい。その間に胸腔穿刺を行います」
と宣言して、胸腔ドレーンを留置するまでの時間をしのぎましょう。

詳細な胸腔ドレーン留置のやり方は、成書を確認しましょう。
外傷と通常の気胸や胸水では、ドレーンを挿入する部位や方法が微妙に違うので、きちんと外傷用の本を参考にしていただきたいですが、そもそもドレーンを入れたこと自体がないという初学者の方は、緊急性が高くない状況で経験を積みましょう。
皆さんが学生時代に買ったであろう「診察と手技がみえる vol.2」には、やり方がかなり詳しく書かれています。

処置が終わったら、その介入の効果の評価を行います。
呼吸での胸郭の上がりや呼吸音の左右差を確認します。
また、レントゲンでドレーンの位置を確認します。
(もし、すでに一回レントゲンを撮っていても、再評価が必要です。)

処置が終わった後には、
「緊張性気胸が解除されました」
あるいは
「明らかな緊張性気胸はありませんでした」
と周知しましょう。

なお、左右両側にドレーンを入れてもBが改善しない場合、
①気管・気管支断裂 ②開放性気胸
などが考えられます。
これらにはより高度な医療が必要なので、専門家の協力を仰ぎましょう。

緊張性気胸は見逃しの多い疾患です。しかも見逃すと取り返しがつきません。
特に多い見逃しのパターンは、最初の診察時にBの異常所見がなく、診療途中で血圧が下がったとき、出血源探しや診断済みの出血源の止血(Cの異常)ばかりに気を取られ、緊張性気胸を見逃した……というものです。

恐ろしいことに、高名な三次救命外傷センターですら、診療途中で患者さんの血圧が下がったとき、目立つ腹腔内出血や骨盤骨折に気を取られ、緊張性気胸を見逃してしまった……という話は珍しくありません……本当に本当に気をつけてください!!
その詳細を知りたい方は、もし近くに救急医や外傷診療をしていた先生がいたら聞いてみてください。
きっと緊張性気胸見逃しのエピソードをひとつは知っておられることでしょう……

このようなあってはならない見逃しを防ぐには、バイタルサインが崩れたとき(SpO2低下、血圧低下、不穏など)は必ずA、Bと順に再評価することが重要です
「困ったときはABCDの評価に戻る」と覚えてくださいね。

フレイルチェスト

フレイルチェストとは、「連続する2本以上の肋骨が2箇所以上骨折している」ときに起こります。
肺を囲み胸郭を構成する骨格が破綻するため、呼吸で胸の一部がベコベコへこみます。これを胸郭の奇異性運動といいます。
複数箇所の肋骨を骨折するほど激しく胸をぶつけているので、肺挫傷を合併していることが多いです。
肺挫傷は「血を含んだスポンジ」をイメージしてもらうと近いと思います。

フレイルチェストは、実は外傷患者でなくとも、心肺停止患者さんに対して全力で胸骨圧迫をしているとよく起こるため、内科でも遭遇することがあります。
稀に循環器内科の先生から、心筋梗塞による心肺停止蘇生後の患者さんでフレイルチェストのコンサルトを頂くことがあります。内科の先生にとっても、意外と身近な外傷なのです。フレイルチェストとは、「連続する2本以上の肋骨が2箇所以上骨折している」ときに起こります。肺を囲み胸郭を構成する骨格が破綻するため、呼吸で胸の一部がベコベコへこみます。これを胸郭の奇異性運動といいます。複数箇所の肋骨を骨折するほど激しく胸をぶつけているので、肺挫傷を合併していることが多いです。肺挫傷は「血を含んだスポンジ」をイメージしてもらうと近いと思います。フレイルチェストは、実は外傷患者でなくとも、心肺停止患者さんに対して全力で胸骨圧迫をしているとよく起こるため、内科でも遭遇することがあります。稀に循環器内科の先生から、心筋梗塞による心肺停止蘇生後の患者さんでフレイルチェストのコンサルトを頂くことがあります。内科の先生にとっても、意外と身近な外傷なのです。

フレイルチェスト

【身体所見】
触診で動揺胸郭
(自発呼吸で)胸壁の一部が吸気時に陥凹、呼気時に突出(奇異呼吸;paradoxical respiration)

【介入処置】
挿管し、陽圧換気を行います。これを「内固定」と呼びます。
胸郭がベコベコ動くのを、内側から空気で膨らませて、その圧力で固定するイメージです。

沈静・鎮痛も大事な治療のひとつです。
全身状態とバイタルサインが許せば、ケタミン(1-2mg/kg)やフェンタニルを使ったり、硬膜外麻酔等を行います。

挿管後はレントゲンで挿管チューブの位置を確認しますが、先述の通り気胸の所見deep sulcus signも注意してみましょう。さらに悪化すると縦隔偏位が見られることもあります。
気胸を合併している場合、そのまま陽圧換気を続ければ、あっという間に緊張性気胸となり心肺停止にいたります。
早期に発見をして、胸腔ドレナージを行いましょう。

大量血胸

大量血胸も重症外傷ではときどき見る損傷です。で診断できます。
[処置] チェストチューブ」

大量血胸

【身体所見】
呼吸音の減弱

【検査所見】
エコーのE-FASTや胸部レントゲンで見つけることができます。

【介入処置】
緊張性気胸同様にチェストチューブ挿入を行います。
緊張性気胸の原因である空気は上に行きますが、大量血胸の原因である血液は重力に従い下にたまる点を意識できると良いでしょう。

開放性気胸

開放性気胸は、さすがに重症外傷センターでもない限り滅多に見ないので、さらっといきましょう。

開放性気胸

【身体所見】
胸壁に孔が空いており、そこから空気が出入りしています。

【介入の処置】
チェストチューブを挿入し、閉創します。

また応急処置として、「三辺テーピング」ががあります。
四角い無菌の非接着性の閉鎖性ドレッシング剤(なければサランラップ)の三辺の固定を行い、穴を通した吸気時の空気の出入りを止めます。


このとき、流れ出る血を逃がすため、四辺のうち背側がわの一辺を空けるのがポイントです。

なお、心タンポナーデは、Bの評価の時点では診断ができません。
大量血胸と合わせて、次のCの評価で覚えましょう。

「TAFXXX」や「ケガキタドキドキ」のうち、残っている「気道閉塞」はAの評価の時点で介入しているため割愛します。

C(循環)の評価:出血源を探して止血せよ!

C(Circulation:循環)の評価をしましょう。
Cの異常を引き起こす外傷はさまざまですが、そのうちの90%以上を占めるのが出血性ショックです。
(残りの10%の多くは閉塞性ショックで、緊張性気胸、心タンポナーデの2つが代表格です。
前者は胸腔ドレーン留置、後者は心嚢穿刺を行います。)

出血性ショックが疑われる場合には、とりあえず細胞外液の全開投与を行いますが、初期輸液を1000ml投与しても血圧が上がらなければ(これを「初期輸液に反応しない」と呼びます)、通称入れて、入れて、止めるを行います。
「『気管挿管を』入れて、『輸血を』入れて、『手術で出血を』止める」の意味です。

手術で止血するためには、当然出血源を探す必要があります。
外出血や切断など見れば分かるものの他に、一見外からは見えないのに大出血を引き起こす外傷もあります。

特に探すべき致死的な出血として大量血胸、腹腔内出血、骨盤内出血が挙げられます。
こられは<MAP>と覚えます。(※MAPとは赤血球保存用添加液のことですが、転じて濃厚赤血球液もMAPと呼んでいました。今はRCCと呼ぶ方が一般的なように思います。)

<大量出血をきたすMAP>
MMassive hemothorax(大量血胸)←胸腔
AAbdominal hemorrhage(腹腔内出血)←腹腔
P
Pelvic hemorrhage(骨盤内出血)←骨盤腔

しかし身体のなかで大量に出血するスペース(腔)のある場所なんて、体幹部の胸・腹・骨盤しかないのですから、正直ゴロ合わせなんてなくても考えれば分かりますよね。
それでもわざわざゴロ合わせを作るあたり、絶対に出血部位を見落とすな!という先人の意気込みが伝わります。
あるいは、重症患者さんを前に、我々が相当テンパることを想定しての配慮なのかもしれません。

他には、Bの異常によってでてきた致死的な疾患(<TAF3X>または<ケガ来たドキドキ>)も、当然Cの異常を引き起こすことがあります。
復習がてら、もう一度ショックをきたす外傷をまとめておきましょう。

ショックを起こす外傷=重症胸部外傷<TAF3X>+大量出血<MAP>
T
Tamponade 心タンポナーデ<Cの異常>
AAirway obstruction 気道閉塞<Aの異常>
FFlail chest フレイルチェスト<Bの異常>
X:Tension pneumothoraX 緊張性気胸<BとCの異常>
X:Open pneumothoraX 開放性気胸<Bの異常>
X:Massive hemothoraX 大量血胸<Cの異常>

M:Massive hemothorax(上記Xと重複)<Cの異常>
A :Abdominal hemorrhage 腹腔内出血
  (4時間後以内まで遅発出血よくある CTに出血なくても繰り返しFAST)
P:Pelvic fracture 後腹膜出血<Cの異常>

これらを念頭に、診療を行いましょう。

Cの評価の基本は「見て」→「触って」ですが、特に見た目で分かるものが多いです。

Cの評価は血圧測定だけではありません
多くの出血性ショックや拘束性ショックでは、血圧が下がる前に脈拍が早くなります
血圧の低下よりも先に起こる、頻脈や、末梢冷感のような患者さんの所見からショックを察知できるようになりましょう

余談ですが、この血圧と脈拍を組み合わせるShock Index=脈拍÷収縮期血圧>0.9は、重大な出血を早期に見つけるのに有用です。
患者さんが搬送される前に、病院前情報(救急隊からのセカンドコールの情報)だけでも、輸血や外科的介入が必要そうかを考慮できるので重宝します。

とはいえ患者さんが目の前にいるのですから、患者さんの顔を見た瞬間に「ヤバい、この人はショックだ……!」と気づけるようしっかりイメージしておきましょう。顔色が悪く、冷や汗をかいていたり、あるいはちょっと不穏だったりしたら、まずはショックと考えなくてはいけません。(頭の外傷をを考えるのは後です)

なお、Bの評価の時点で挿管をしていない場合に撮らなかったレントゲンも、このCの評価のときに撮ります。

Cのショックの評価

まずはショック徴候の有無を評価しましょう。
身体所見は、顔色を見て、手首に触れてショック徴候を判断します。
出血性ショックの所見はCool tachycardiaと総称されています。
末梢が冷たく湿潤しており、頻脈だからです。

出血源の検索のために、エコーやレントゲン検査を行います。

[モニター] 血圧(低下)、脈拍(頻脈または徐脈)
[視診] 顔色不良、冷汗、チアノーゼ、不穏状態
[触診] 橈骨動脈(弱く早い脈)、末梢冷感湿潤(手がひんやり冷たく湿っている)、CRT<2秒と意識
[検査] エコーでE-FAST(心嚢、モリソン窩、脾周囲、胸腔、膀胱周囲の液貯留の評価)

   胸部・骨盤レントゲン


これらの評価は、検査や介入と合わせて、SHOCK&FIX-Cと覚える方法が有名です。

<SHOCK&FIX-C>
SSkin →皮膚が冷たく湿潤
HHR →脈が早く弱い
OOuter bleeding →活動性出血
CCRTとConsciousness →CRT <2秒と意識の変調
KKetsuatsu(血圧) →血圧の低下
&
X[検査]:X-ray(胸部・骨盤レントゲン)
  胸部:①大量血胸、②大きな肺挫傷、③多発肋骨骨折
  骨盤:明らかな不安定骨盤骨折
I[処置]:Injection(注射)
  →18G以上の太い針でラインを腕から2本取り、温めた細胞外液を全開(ショックでなければ維持量60〜100ml/hrくらいでOK)
F[検査]:FAST(胸腔も含めるE-FASTだとなおヨシ)
  心嚢→モリソン窩→右胸腔→脾周囲→左胸腔→膀胱周囲(縦・横の両方見る)→(IVCも見ても良い)
C[処置]:Compression(圧迫止血)
  →外出血部位をガーゼなどで直接圧迫

上記で挙げた検査や処置について、詳しく見てみましょう。

<胸部・骨盤レントゲン検査>
患者さんが搬送されてくる前の準備段階で
先にレントゲン技師さんを呼んでいるはずですが、来なければ「レントゲンはまだ来ないですか?」と声をかけてみましょう。
意外と電話連絡し忘れていたり、逆に早くERに着きすぎて、一旦放射線部に戻ってしまっていたりします……

<胸部レントゲン>
以下を探します。
①大量血胸
②肺挫傷(Bの異常をきたすもの)
③多発肋骨骨折(フレイルチェストをきたすもの)


要は、肺野が真っ白になっていたり(大量血胸や肺挫傷)、肋骨がバキバキになっていないか(多発肋骨骨折)を探せばOKです。

以下に簡単にこれらの外傷で必要な検査や処置を見ておきましょう。

①大量血胸 Massive hemothorax

[検査] エコー(E-FAST)、胸部Xp
[処置] 胸腔ドレナージ 
   →血胸の量が、最初穿刺時に1000ml、1時間で1500ml、200ml/1hrが2,3時間続くなら、緊急手術

②肺挫傷

[検査] 胸部Xp
[処置] 安静、保存的加療
   (必要時)鎮痛、挿管+人工呼吸器管理

③フレイルチェストをきたす多発肋骨骨折

[身体所見] 動揺胸郭
[検査] 胸部Xp
[処置] 挿管+人工呼吸器管理(「内固定」)
※Bの異常参照


<骨盤レントゲン>
明らかな不安定骨盤骨折(骨盤輪が破綻しているもの)を探します。
骨盤不安定骨折がある場合、骨盤の固定をはじめとする処置が必要です。

不安定骨盤骨折

[身体所見]
なし

※基本、不安定骨盤骨折をレントゲンで否定できるまでは骨盤の触診はしない
(救急隊は現場で1回のみ触診する)

[処置]
①骨盤の固定(サムスリング固定前に尿道バルーンを留置)
 →止血のため、放射線科医(またはIVR医)と整形外科医(または外傷外科医)に急いで連絡

<ショック徴候がある場合>
②大量輸血
③挿管

不安定骨盤骨折の処置についてもう少し詳しく見てみましょう。

①骨盤の固定
不安定骨盤骨折では、これ以上の出血を減らすために早期の固定が必要です。
これには急場しのぎの簡易的な固定と、その後なるだけ早く行いたいカテーテルによる「動脈塞栓術(TAE:Transcatheter Arterial Embolization)」手術の「骨盤創外固定」があります。

簡易的な固定の基本は「サムスリング®」を巻くことです。
サムスリングがなければ「シーツラッピング」を行いますが、これは固定の力が弱いため、次善の策となります。ぜひとも平時に院内にサムスリングがあるか、位置とともに確認しておきたいところです。

ここでワンポイント!
骨盤を固定してしまうと股関節を開排できなくなり排尿に支障をきたすため、先に尿道バルーンを入れます
これを知っていて、看護師さんに「サムスリングを巻くので、先にバルーンを入れて下さい!」と依頼すると、確実に救急の常勤スタッフ達に「コイツ分かってるな!」と思ってもらえます(笑)。
なおバルーン挿入は、尿道損傷があると行えません。尿道損傷を疑う所見である、尿道出血・陰嚢血腫がないことを確認のうえで行って下さい。

これらの簡易的なの固定はあくまで少しでも出血量を減らすためのその場しのぎです。出血の大元を断つ、つまり、活動性の出血の源を止める必要があります。
出血を止める(減らす)には、先述の「TAE」と「骨盤創外固定」があります。

「TAE」は、血管内治療の一種で、出血の原因となっている血管を探して、血管内に物質を詰める治療です。
放射線科医やIVR(InterVentional Radiology)医がカテーテルにより行います。

「骨盤創外固定」は、破綻した骨盤輪を元の形に戻すために、患者さんの腰の周りに金属製の”やぐら”の ようなものを立てる手術です。
一般的な、体内に金属を入れて骨折を補強する手術(内固定術と言われます)と違い、短時間で完了できる点が、長時間の手術に耐えられない重症外傷を患者さんにとって大きな利点です。

こちらは手術整形外科や外傷外科医が行いま

どちらの処置も時間との勝負です。
レントゲンで不安定骨盤骨折を見つけた時点で、急いで放射線科医(またはIVR医)と整形外科医(または外傷外科医)に電話コンサルトしましょう。
「TAE」と「創外固定」のどちらを行うかは、これらの専門医との相談になりますが、一般にショックバイタルの状態では「骨盤創外固定」を選びます。

治療のためそのまま救急外来を出て行く場合、必ず前後でバイタルサインをチェックします。
移動するときは、その前後でバイタルサインをチェック!これは重症患者診療の基本です。
チェックでバイタルサインに異常があれば、異動をする前にABCDの評価に戻りましょう。
すでにA~Cを評価していても、必ずAに立ち戻って評価し、A→B→C→Dの順に確認します。


②大量輸血(RCC:FFP:血小板=1:1:1)
ショック徴候がある場合、同時に緊急の大量輸血も必要になります。

まずは異型適合輸血をオーダーします。
大量輸血を行う場合は、濃厚赤血球液(RCC)だけでなく、新鮮凍結血漿(FFP)も同量オーダーします。
患者さんの血液型を調べる時間的な余裕がなく、異型適合輸血を行う場合は、RCCはO型、FFPはAB型です。

FFPを入れる理由は、血を止めるためです。
重症外傷の25~35%には、凝固障害が生じていると言われています。
病態の詳細な説明は省きますが、DICと似たような状態と考えると、外傷診療に馴染みのない方でもイメージしやすいかと思います。
実際、外傷性凝固障害は「線溶亢進型DIC」や「線溶抑制型DIC」を引き起こすことが知られています。

そのため大量出血では、輸血により「貧血」だけでなく、「止血の能力」を改善させる必要があるのです。
止血のためには血小板も同量の早期投与が推奨されていますが、こちらは患者の血液型を確認してからオーダーすることがほとんどです。
その理由は、血小板は使用期限が短く院内に在庫がなく、血液センターから運んでもらうことも多いため、適合を見てからオーダーしても、投与までの時間に大差がないからです。

そんなわけで、実際に最初に患者さんに投与するのは先述のとおり濃厚赤血球液です。
(FFPは解凍に時間がかかりますし、血小板は病院内に在庫がないことも多いので、たとえ同時にオーダーしても結局最初に手元に使える状態で届くのはRCCです。)

【Advanced情報:最近の話題】
近年凝固障害に対して、フィブリノゲン製剤やクリオプレシピテートも使用されており、その有効性が報告されています。
置いていない病院もあり、またあっても適応が病院によって違うので、上級医に指示を仰ぎましょう。


③挿管

忘れがちですが、Cの異常=ショックは挿管の適応です。 
「出血性ショックなので挿管します」と宣言して、挿管を行いましょう。
挿管時は、頚椎カラーを外しても構いませんが、頭の位置を保持して頚が動かないよう固定することをお忘れなく!


それでは、閑話休題。
Cの異常に対して行うべき処置の話に戻りましょう。

ライン確保と輸液

18G以上の太いラインを腕に2本取り、血圧低下があれば温めた細胞外液をひとまずは全開で投与します。
(血圧低下がなく「点滴を繋ぐだけ」なら、ひとまず維持量として60〜100ml/hrくらいでOKです。)

血圧低下がある場合は、輸液の反応性を見ることをお忘れなく!
1L入れても血圧が上がらない場合を「初期輸液に反応しない」と言い、輸血や挿管、止血のための手術の適応となります。
(ただし最近は、ショックバイタルがあり大量出血が予想される場合は、輸液を1L入れきるのを待たずに輸血を検討することが推奨されているので、勇み足で異型適合輸血をオーダーしても許される……と筆者は考えています。)

エコーでのE-FAST

詳細は写真のたくさん載った教科書や動画で確認して、実際にエコー検査を研修医同士などでやりあって勉強してください。
すべてのエコー検査で言えることですが、エコーは静止画ではなく動画なので、一点をチェックするのではなく、くまなく動かして臓器全体を見るのが大事です。

ここでは、ざっくり概要やコツだけ共有しておきます。

エコーは、ビームが出ていく方向をイメージすると扱いやすいです。
E-FASTで用いるコンベックス型(扇形)のプローベであれば、エコーを持つ要領で扇子を広げて持ってみるとわかりやすいです。扇面をビームと考えましょう。
扇子が広がる方向にビームが出て、それに当たる臓器を輪切りにする、というイメージです。

自分にE-FASTを試みる研修医(左)



それではE-FASTのやり方を見てみましょう。

まずコンベックス型(扇形)のプローベで心窩部から心臓を見上げ、心嚢を観察します。
心嚢は見忘れることがあるため、E-FASTの一番最初にやることが推奨されています。)
心臓の周囲にエコーフリースペース(黒いことが多い)があれば「心嚢液貯留」です。
(ちなみに似た言葉である「心タンポナーデ」は、心嚢液貯留があり、それが原因でショックバイタルとなっているときのみそう呼びます。)

次にモリソン窩→右胸腔→脾周囲→左胸腔→膀胱周囲の順に見ます。

モリソン窩は、右側腹部の背面寄りから、肝臓と左腎臓の間のエコーフリースペースを探します。
プローベがストレッチャーにあたるくらいの背側がわから、エコーのビームが腹側がわを見上げる形で観察すると見やすいです。


そのまま頭側に移動すれば、肋骨の隙間から右胸腔が簡単に見えます。
重力の影響を考えるとわかりますが、胸腔内の血液(血胸)は後面(背側)へ、空気(気胸)は前面に集まるので、それを念頭に観察しましょう。

脾周囲は、左側腹部の背面寄りから、その名の通り脾臓の周囲を見ます。
脾臓の端から端までビームを当て、周囲にエコーフリースペースがないか確認しましょう。
そのまま少し頭側にプローベをずらせば、肋骨の隙間から左胸腔が簡単に見えます。

膀胱周囲は縦断・横断の両方を見ましょう。

余裕があれば、ついでに心窩部から下大静脈(IVC:Inferior Vena Cava)の太さや呼吸性変動の有無を確認し、血管内Volumeの評価を行ってもOKです。

心嚢液の貯留とショックがあれば、心タンポナーデを疑い心嚢穿刺を行います。
(後ほど詳述します。)

腹腔内出血がある場合、ショック徴候を認めれば、RRC:FFP:血小板を1:1:1で投与します。
実際には、まずは
O型の濃厚赤血球(RRC)8単位
AB型の新鮮凍結血漿(FFP)8単位(余裕があれば型合わせする)
をオーダーし、到着次第急速投与します。
そして
血液型を合わせた血小板輸液10単位(基本RRCやFFPと同量なのですが、8単位がないため)
もオーダーし、到着次第投与します。

またなるだけ早くトラネキサム酸(トランサミン®)1000mgの1A+生食100mlを10~15分で投与します。
トラネキサム酸は組織プラスミノーゲン活性化因子(tPA)の作用を中和することで、線溶系亢進を防ぐと言われています。要は血を止めやすくするってことです。
(Advanced情報:最初のトラネキサム酸投与後は、さらに1Aを 8時間かけて投与します。)

トラネキサム酸投与の指示と同時に、外科的介入(手術)のできる医師を呼びます。
外傷外科(外傷センター以外では少ない)か消化器外科の先生のお願いすることが多いです。
全身状態が悪い場合、時間がかかり侵襲性の高い根治手術ではなく、短時間で終わらせるダメージコントロール手術を検討してもらいます。

FASTは、時間を開けて繰り返すことが重要です。
エコーの長所は、リアルタイムで腹腔内の評価ができる点です。
CTは早期に撮りすぎると、出血量が少なく出血源が見つからないことがあります。

繰り返しFASTを行うことで、後からでてくる出血を見つけることができます。
だいたい受傷後4時間程度までは遅発出血がよくあると言われているので、一度の検査で安心せず、慎重にエコーでの評価を繰り返しましょう。 

ここでようやくE-FASTの説明ができたので、Bの異常のTAF3Xで説明できなかった心タンポナーデについてみておきましょう。

心タンポナーデ

心タンポナーデは、多くはないですが、一気にバイタルサインが改善するチャンスのある見逃したくない外傷のひとつです。
エコーのE-FASTで最初に見る心窩部で、心嚢液貯留を見つけることができます。
(心タンポナーデは外傷以外に、内因性の大動脈解離などによる心停止の原因となることもあり、内因性の心肺停止で搬送された患者さんでも要チェックな所見です。)

心嚢液の貯留は、見慣れていないと簡単に見逃してしまうため、どんなエコー画像になるか確認しておきましょう。
実際内因性外因性限らず、筆者も目の前で、研修医の先生が心窩部にエコーをしっかり当てながら「FAST陰性です!」と心タンポナーデを見逃すのをたびたび見ています……

心タンポナーデ

【身体所見】
心音の減弱(外傷診療では心音を丁寧に聞かないうえに、周囲が騒がしいので分からないことが多いです。)

【検査所見】
エコーのE-FASTで、心嚢液貯留や右室が潰れている状態を観察すれば診断できます。

【介入処置】
心嚢穿刺
を行います。
準備物は16G針、10mlのシリンジ、心電図モニター、除細動器、抗不整脈薬(リドカイン等)です。
10mlのシリンジをつけた16G針を、剣状突起左縁と鎖骨肋骨弓の交点に、針先を左肩(烏口突起)へ向けて、皮膚の面から35度-45度の角度をつけて刺します。
シリンジを軽く引いて陰圧をかけながら、針を進めると通常4-6cmで心嚢に到達するので、そのまま外筒を進めます。
心タンポナーデで合った場合、血液を少量(20ml程度)引くだけでも、バイタルサインは安定化してくるはずです。
心嚢穿刺の外筒はそのままに、シリンジを外して点滴につないでおき、心臓血管外科へコンサルトしましょう。

直接圧迫止血(Compression)

明らかな出血元があれば、ガーゼなどを用いて圧迫止血を行います。
処置を行ったら、あとである程度の止血が得られているのかの確認もお忘れなく。

最後に、Cの異常をきたす疾患を、所見と処置を含めてまとめておきましょう。

ショックを起こす外傷=重症胸部外傷<TAF3X>+大量出血<MAP>
T
Tamponade 心タンポナーデ<Cの異常>
  [所見] 心嚢液貯留
  [処置] 心嚢穿刺→ルートをつないでとめておく、心外コンサルト
AAirway obstruction 気道閉塞<Aの異常>
  [所見] 出血、異物
FFlail chest フレイルチェスト<Bの異常>
  [所見] 胸郭奇異性運動
X:Tension pneumothoraX 緊張性気胸<BとCの異常>
  [所見] 気管偏位、皮下気腫、頸静脈怒張、胸郭の動き、呼吸音左右差(減弱して聞こえるのは3割)
  [処置] チェストチューブ
X:Open pneumothoraX 開放性気胸<Bの異常>
  [処置] チェストチューブ+閉創、(応急処置)3辺テーピング
X:Massive hemothoraX 大量血胸<Cの異常>
  [検査] E-FAST、胸部Xp
  [処置] チェストチューブ

M:Massive hemothorax(上記Xと重複)<Cの異常>
A :Abdominal hemorrhage 腹腔内出血<Cの異常>
  →CTに出血なくても繰り返しFASTで評価
P:Pelvic fracture 後腹膜出血<Cの異常>

ABCの評価までをしっかり終わらせたら、ようやくD(意識)の評価の出番です。

D(意識)の評価:あわててCT室に駆け込むな!

ABCの評価を終わらせ、ようやくD(Dysfunction of CNS:意識)の評価にたどり着きました。
外傷によるDの異常は、頭部外傷以外にも、大量出血などによるショックや不穏でも起こります。
つまり、A~Cが正常にならないと、Dの正確な評価はできないわけです。

外傷に限らず内科疾患でも「意識障害=頭だ!」と飛びついて頭部CTを取りに行きたくなりますが、それは絶対にやってはダメです。
ABCのリスクがある状態で行けば、CTが「死のトンネル」になってしまいます……!

A~Cの異常の方が致命的になるスピードも早いので、A~Cの評価と介入を必ずDより先に行いましょう!

Dを見るときは、AとBの異常を解除してからです。
ただしCの異常への介入は輸液への反応性を見るのに時間がかかることがあるため、あくまで参考としてD評価をすることはあります。
診療では、それが分かるように宣言をすると良いでしょう。
A~Cの異常がない場合は、
「Cに異常がないのでDの反応を診ます」


Cの異常があって輸液介入の効果を待っている場合は、
「Cの輸液の反応を見ている間に、Dの反応を診ます(ショック状態のためあくまで参考です)」
と周知しましょう。

Dの異常は主にで「見て」確認します。見るものは、以下の3つのL(Lightreflex、Level of conciousness、Laterality)です。
やること3つ(気管挿管、脳外科医コール、外傷パンスキャン)と合わせて覚えましょう。

[視診] 3L
   ①Lightreflex(瞳孔左右差・対光反射)
   ②Level of conciousness(見当識障害)
    時・場所・人(time place person)
    GCS(最良でE4V5M6=合計15点)≦8で「切迫するD」
 挿管はVT=V1点と評価
   ③Laterality(片麻痺)
    →手足動きの左右差

Lightreflex(対光反射)

1つ目のLは、Lightreflex(対光反射)です。
瞳孔の左右差も同時に観察します。

Level of conciousness(意識レベル:GCS)

2つ目のLは、Level of conciousness(意識レベル)です。
重症外傷では、日本の医療者おなじみのJCSではなく、より詳細なGCSで測定します。
GCSは最良でE4・V5・M6の合計15点です。 
合計8点以下を「切迫するD」と呼びます。
E・V・Mをひとつずつ見ていきましょう。

EEye opening(開眼)です。
普通に目を開けていれば4、呼びかけて開眼すれば3、痛み刺激で開眼なら2、開眼しなければ1となります。

Vはbest Verbal response(最良言語機能)です。
まず、呼びかけに返事はあるでしょうか?
会話が可能な人であれば、見当識障害の有無を評価します。
見当識障害がなければ5、見当識障害のある混乱した会話なら4、不適当な発語のみなら3、意味不明な発声のみなら2、発語がなければ1となります。
挿管されている場合はVTと記載し、V1点と評価します。

見当識は「時」「場所」「人」(time・place・person)ですね。
「時」は「今日は何年何月何日ですか?」
「場所」は「ここはどこでしょう?」
「人」は「私(orこの人)は何の仕事をする人でしょう?」
のように尋ねることが多いです。
「人」はもちろん、患者さんを指さすのではなく、質問しているあなた自身か周囲にいるスタッフを指してくださいね。

Mはbest Moter response(最良運動反応)
離握手の命令に応じれば6です。
注意点は、意識状態が悪くても、患者さんの手にものが触れると反射で握ってしまうことがあることです。
握ってください」の声かけで患者さんが手を握るだけではなく、「離してください」の言葉に反応して手を離すことができてはじめて6点です。 

5以下は痛み刺激を与えて評価します。
痛み刺激の部位を認識すれば5、痛み刺激から逃避する反応があれば4、痛み刺激に対して屈曲反応があれば3、伸展反応があれば2、無反応なら1となります。
痛み刺激を与える部位は、まずは胸骨を拳でグリグリします。
反応がなければ、左右の指をぎゅっとつまむように押す、それでも反応がなければ眉上を指で押すの順です。

少し長くなったのでまとめると、Mの評価は以下になります。

②Level of conciousness(意識レベル:GCS)のMの評価
・(患者さんの手に触れながら)「握ってください」&「離してください」
・痛み刺激(胸骨→左右の指→眉上)

よりレベルの高い状態で反応があれば、それ以降を調べる必要はありません。

これらGCSのE・V・Mの点の合計が≦8の場合、または診療中にGCSが2点以上落ちる場合を「切迫するD」と判断します。
ちなみにGCS8点は、JCS換算ではだいたいⅡ-30点と同じです。

Laterality(片麻痺)
手足の動きの左右差を見ます。
指示に従えるのであれば、左右の握力で見るのが簡単です。
進行する片麻痺がある場合も、「切迫するD」と判断します。
Dの評価が終わったら、
「切迫するDがあります」
または
「切迫するDはありません」
と宣言しましょう。

切迫するDがある場合は、次のことを行います。
①気管挿管
②脳外科コール
③外傷パンスキャン

です。

「挿管して、Secondary surveyで最初にCTに行きます。脳外科にも一報入れておいてください」
などと宣言し、周囲のスタッフに手伝いをお願いしましょう。

①気管挿管
A~Cの異常同様、切迫するDの異常も気管挿管の適応です。
最も多いのは、意識障害のため舌根沈下が生じて気道が閉塞し、呼吸ができなくなるパターンです。
この場合気管挿管をするまでの急場しのぎとして、経鼻エアウェイ挿入(頭蓋底骨折が想定されない場合)や、下顎挙上を行うことが多いです。

また、脳ヘルニアや脳幹部の損傷などで、呼吸中枢自体に障害が出て、呼吸が止まることもあります。


②脳外科コール
脳外科に電話し、重症頭部外傷の可能性のある患者がいることを伝えます。
A〜Cに異常がなく切迫するDがある場合は、画像の評価ができていなくとも、先に一報入れてしまいます。
脳外科の先生には、CTなどの精査をしている間に、緊急手術が必要になったときのための準備をしてもらうためです。

意識レベルがそこまで悪くなければ、CTを撮ってからのコンサルトで大丈夫です。
正直、脳外科を呼ぶハードルの高さやさじ加減は、院内の体制やマンパワーによっても違います。
実臨床では、切迫するDを見つけた時点では脳外科医を呼ばず、先にCT評価を行うことも多い……というのが本音です。
脳外科の先生をどのタイミングで呼ぶべきかは、診療を始める前にあらかじめベテランの医師か看護師さんに確認できると良いでしょう。

③外傷パンスキャン Trauma Pan-scan
外傷パンスキャンとは、「secondary surveyの最初」に行う全身の造影CT検査のことです。
頭部のみ単純CTで、頚部~胸腹部~骨盤部は造影CTを撮像します。
頚部も造影CTを撮るということを忘れがちなので気をつけましょう。造影CTを撮り忘れると、外傷性内頸動脈解離などを見逃してしまいますよ。

もちろん、切迫するDがなければ各部位のCTを撮影しなくて良いわけではなく、少なくとも、GCS≦13は頭部CTが必須です(筆者はA〜Cの介入が終わった状態でもDにわずかでも異常があれば、必ず撮像しています)。
頭部以外のCTも、全身の診察後に必要に応じて単純または造影CTを撮影します。
疼痛部位や受傷機転に合わせて画像の精査を行いましょう。

周囲のスタッフへは、
「高エネルギー外傷ですが、切迫するDはないので、secondaryが終わったらPAN SCANをしたいと思います。準備して下さい」
のように伝えておくといいでしょう。

「切迫するD」の所見と処置
[所見]
①GCS(EVM)≦8(JCSⅡ-30以下)
②GCSの2点の低下
③進行する片麻痺

[処置]
①挿管
②脳外科コール
③外傷パンスキャン

さて、次は最後のEです。

E(環境&体温)の評価:とにかく患者を温めよ!

ABCEの評価を終わらせ、ようやくE(Exposure &environmental control:環境&体温)の評価と介入です。
Eで最重要なポイントは、患者さんをとにかく温めろ!ってことです。

Eの評価はまず、体温を測ります。低体温は外傷の大敵だからです。
「脱衣して、体温の保温に努めて下さい(電気毛布をかけて下さい)」と宣言します。

重症外傷の場合、服を普通には脱がせられないことも多く、ハサミでジョキジョキと切ります。
当然、患者さんに意識があれば、「服を切らせてもらいますね」と一声かけて同意を得てからやってくださいね。


このEの評価と介入は軽視されがちですが、これをおろそかにすると血が止まらなくなります
体温35℃以下では出血傾向が増し、代償機構が破綻し、蘇生への反応も悪くなります。
患者さんを大量出血による死亡から守るため、重症外傷では必ず患者さんを温めてください。

気の利くスタッフがいれば、たいていA〜Dを評価している早い段階でベアハガー®のようなブランケットや、電気毛布をかけてくれています(大感謝!)。しかしそれは大抵の場合、診察しているうちにめくれたり落ちたりしています。
そのことに診察を行っているリーダーは所見や処置に手一杯になり気づきません……気をつけましょう。
また、自分がリーダ以外の外回りなどをする場合は、毛布などの位置に常に気を配って患者さんにかけてあげててください。

以上でPrimary surveyは終了です。

Primary surveyの途中でバイタルサインに変化があった場合などは、再びABCDEのAに戻って評価をやり直します。
診察中にバイタルサインが崩れたときは、今何を評価しているとしても、Aの評価からやり直さなければいけません。
なぜなら、診察中に、最初はなかったはずの以下のような異常が起こることが珍しくないからです。

・知らない間に人工呼吸器のチューブが外れている(A、Bの異常)
・知らない間に酸素チューブが酸素配管から外れている(Bの異常)
・気管挿管後の陽圧換気によって緊張性気胸になった(B、Cの異常)
・時間経過とともに出血量が増えてショックになった(Cの異常)


……どれもぞっとしますね。
しかし残念ながらわりとよくあるうえに、患者さんの周りで多くの人があちこち動く外傷診療の現場では、気づくのが遅れがちな状況です……

このような事態にいちはやく気づくには、常にバイタルサインをチェックし、そのわずかな変動を見逃さないことが重要です。バイタルサインに変動があったら、
「バイタルサインが不安定(ショック)になったので、ABCの評価に戻ります」
と宣言して、きちんとABCDEの評価をはじめからしっかりやり直しましょう!

なお、すでに挿管している場合は、一度用手換気に戻しましょう。
Aの評価をするときは、吸引を行ったりチューブのくもりもチェックします。
またBの異常である緊張性気胸は、バックバルブマスクを揉むときの硬さから気付けることがあります。

primary surveyのまとめ

重症外傷では、A~Eのうち2つ以上の異常があることが珍しくありません。
ここによく見られるパターンをいくつか挙げておきます。
ABCDEの評価を一通り学んだら、これらを想定してストレッチャー上の人形相手に対応の練習をしてみましょう。

<ABCDEの異常でよくあるパターン>
①血液のたれこみでAの異常があり、酸素化換気ができないため、Bにも異常が出現する
②Bの異常である緊張性気胸により、拘束性ショックでCの異常も引き起こす
③Cの異常である腹腔内大量出血で、出血性ショックにともなう不穏によりDの異常もある
④腹腔内大量出血があったものの、大量輸血によりCの異常(血圧)は正常化されたが、切迫するDがある

複数の異常がある場合、優先順位はつねにA>B>C>D>Eです。
それを考えれば①~③は対応できると思います。

④の場合はどうでしょう?
Cが一旦解決しているからDの治療を優先すればよいでしょうか?
腹部外科医の先生が「今すぐ腹腔内出血の手術をしましょう!」
脳外科医の先生が「頭蓋内出血の手術が先です!」
と主張した場合、あなたならどちらを優先しますか?
この場合、Cの異常が根本解決されていないので、一般には腹部手術を優先します。
先にDの治療をしても、再びCの異常が現れる可能性が非常に高いですからね……

あとは、A~Dの各場所ででてきた挿管の適応だけまとめておきましょう。
A・B・C・Dの異常それぞれに挿管の適応があります。

A 気道の異常(出血などの異物、舌根沈下)
B 気道が開通し、酸素を投与しても改善しない酸素化不良(SpO2低値)
C 初期輸液に反応しないショック(特にBP低値)
D 切迫するD(GCS≦8、GCS2点以上低下、進行する片麻痺)

ここで特に注意したいのはCの異常です。
ショックの時は、未診断の気胸が陽圧換気によって悪化するリスクに注意しながら挿管することになります。
緊張性気胸の50%は挿管後に見つかるため、バイタルサインが変動したときは必ずABCDの評価に戻りましょう。

「困ったときはABCD評価に戻る」が合言葉です!
この言葉は外傷診療に限らず、常に念頭においておきましょう。

Step 5. 各部位を評価<Secondary Survey>

AMPLEの確認

Secondary outcomeの最初に、救急隊にAMPLE(アンプル、と読みます)を確認します。
AMPLEとは以下の略です。

<AMPLE>
Alergy:アレルギー
Medicine:内服薬
Past history&Pregnancy:既往、妊娠
Last meal:最終食事
Events&Environment:受傷機転、受傷現場の状況

自分では聞けない場合も多いので、外回りの先生に聴取をお願いします。
「〇〇先生、AMPLEを聞いてきてください」のように言えば良いでしょう。

この中でも特に「高エネルギー外傷なのか?」が大切です。
以下のキーワードがないか確認し、あれば高エネルギー外傷を考えましょう。

<高エネルギー外傷のキーワード>
車外に放出(部分的もしくは完全に)
同乗者の死亡
車内変形>45cm
患者の座席横のドアの変形>30cm
成人の墜落>6m(3階の高さ)
小児の墜落>3m(2階の高さ)or >身長の2~3倍の高さ
人vs車で跳ね飛ばされた、車に轢かれた
人(自転車含む)vs車で>30km/hの速度
バイク事故>30km/hの速度

車内変形は基本45cm以上ですが、ドアのすぐ横ならの場合は車内変形がより少ない30cmでも高エネルギー外傷と考える、というのは道理ですが、忘れがちです。

上記以外にも、受傷起点から急速な速度変化が想定される場合や、機械に巻き込まれた、体幹部が挟まれた、救出に時間がかかった、などは重症の可能性があると考えたがほうが良いです。

救出に時間がかかった場合も重症の可能性アリです



また、最終食事は聞き忘れがちですが、手術や挿管をする際に必須の情報です。
救急外来ですぐに処置をしないとしても、なにか侵襲的な治療が必要なときは、必ず外科や麻酔科の先生に問われるため、忘れないように聞いておきましょう。

では、Secondary surveyで、患者さんの各部位の評価に移りましょう。
Secondary surveyで一番大事なのは、とにかく患者さんの骨や臓器をひとつひとつ丁寧に触っていくことです。
骨の形をイメージしながら、1か所ずつ圧痛や叩打痛の有無を確認していきます。

頭部の評価

まずは、頭を触りながら、髪をかき分け体表上の外傷(特に挫創)や打撲痕を観察し、頭蓋骨や顔面骨を触って圧痛の有無を評価します。
パンダの目バトルサインがないかはもちろん、鼓膜や口の中も確認します。
口唇や口腔内の挫創、動揺歯などはとても見逃しやすいです。

頸部の評価

目視で頸部の皮下血腫がないかチェックし、触診で皮下気腫や気管偏位、鎖骨の圧痛がないか確認します。

後頸部は観察する前に、近くの人に「頭が動かないよう押さえて下さい」と依頼してください。
患者さんに意識がある場合は、ご本人にも「頭を動かさないでください」とお願いしておきます。
頚椎カラーを外し、頸の後ろに手を潜り込ませ、後頸部正中の圧痛の有無を確認したら、頚椎カラーをつけ直します。

頚椎カラーは、後頸部正中に圧痛がある場合や、激しい頭部外傷や意識障害がある場合など、頚椎の骨折を否定できない場合は、頚椎CTを取るまではつけたままにしておきます。

CT を撮影した後 あるいは パンスキャンの適用とならない場合は、頚をゆっくりと 前後左右に 屈曲してもらい、上肢にしびれが生じないかを確認します

胸部の評価

まずはPrimary surveyで診た胸部の所見を、再度一通り確認します。特に呼吸音の左右差は大事です。
次に胸郭を構成する骨の骨折をひとつずつ確認します。
まずは胸骨、次に肋骨を1本ずつ各所を押して圧痛がないかみます。鎖骨も触診をしましょう。
触診で、バキバキ音や圧痛、皮下気腫をみます。また、打診で鼓音を確認します。

さらに、Primary surveyですでに撮影済みの胸部レントゲンを、もう一度しっかり読みます。
重点的に読影すべき場所は、「気胸縦横骨軟中チュー(ききょうたてよここつなんちゅー)」とJATECで習います。

胸部レントゲンの読影「気胸縦横骨軟中チュー」
:気管・気管支 →偏位、連続性
:胸腔・肺実質 →血胸、気胸(deep sulcus sign)、肺挫傷、血腫
:縦隔>8cm(じゅうかく「10か9」)で拡大 →大動脈損傷、気管・気管支損傷
:横隔膜 →挙上、異常陰影(胃、腸管ガス、NGチューブの位置)
:骨性胸郭 →鎖骨、肩甲骨、肋骨
:軟部組織
チュー:チューブ、輸液ライン

JATECでは、これを何度も口ずさんで覚えます。

さあ、皆さんもご一緒に! 復唱ください!
「気胸縦横骨軟中チュー!」「ききょうたてよここつなんちゅー!」

Primary surveyで探すべき胸部外傷はTAF3Xでしたが、Secondary surveyで探すべき胸部外傷は、見逃すと致死的になる胸部外傷「PATBED2X」です。
ただし肺挫傷を除くこれらの外傷の多くは、レントゲンのみでは評価が難しく、CTでないと評価できません。

腹部の評価

腹部の評価は視診と触診、打診を行います。
まず腹部膨隆がないかを確認の上、エコーで2回目のFASTを行います。
触診で腹膜刺激症状がないかを診て、肝臓・脾臓・腎臓(CVA)を狙って叩打痛を確認します。
腹部聴診で得られる情報はほとんどないので、外傷診療では内科疾患の診察と違って聴診は一般に行いません。

腹部外傷は身体診察やエコーでは評価が難しいものも多く、バイタルサインが安定していれば、CTで評価を行います。

骨盤部の評価

骨盤の評価は、他の身体部位と違い、まずは画像評価からスタートします。
Secondary surveyの骨盤評価では、Primary surveyですでに撮影済みの骨盤レントゲンを、もう一度しっかり読みます。
こちらは語呂合わせはないので、その代わり部位に分けて覚えましょう。
頑張って全部チェックしてみてください。

骨盤レントゲンの読影
[Xray](読影)
 1.全体
  ①正面性:腰椎棘突起の位置
  ②対称性:腸骨翼の大きさ、高さ
 2.前方
  ①恥坐骨骨折
  ②閉鎖孔の左右差
  ③恥骨結合の幅 >2.5cm離開→後方靭帯損傷
 3.後方
  ①腸骨骨折
  ②仙腸関節の幅、左右差
  ③仙骨骨折(仙骨孔で折れる)
  ④L5横突起骨折(腸骨と強固に靭帯でつながっているため)
 4.寛骨臼

レントゲンで不安定骨盤骨折がなければ、入念な触診を行います。
レントゲンでも分かるくらい明らかに大きな変位がある場合は、無理して触る必要はありません。
レントゲンで問題がない、あるいはちょっと怪しいけれど骨折かどうかはっきりしない……という場合は、骨盤を詳細に触って、各部位の圧痛や叩打痛を確認します。

骨盤で特にピンポイントに圧痛を診ておきたい折れやすい部位は、腸骨翼、恥骨結合、恥坐骨、仙骨、仙腸関節、尾骨です。

また、股関節の変形や大腿骨骨頭叩打痛もみておきましょう。
股関節の損傷の代表的なものは脱臼骨折です。
寛骨臼骨折にともなう股関節の脱臼は車の座席で膝をダッシュボードにぶつけたときに、大腿骨頸部や転子部の脱臼骨折は自転車やバイク事故などでみられることが多いです。

会陰部の評価

会陰部の評価は、全患者さんに必須ではありません。脊椎損傷や尿道損傷などを疑うときに診察を行います。
特に意識がある患者さんでは、本人に了解をとり、羞恥心に十分配慮して診察を行いましょう。

視診では、尿道出血、陰嚢血腫などを確認します。
骨盤骨折や脊椎損傷を疑った時は、直腸診で外肛門括約筋が占められるかどうかを確認します。
同意を得てから肛門に指を入れて「締まりますか」と尋ねます。
また、腸管粘膜の不連続性や前立腺高位浮動、血が付いていないかなども確認しましょう。

四肢の評価

四肢は痺れがないかや、擦過傷や挫創、変形、疼痛・圧痛、足背の拍動(末梢血流)、他動的可動域などを確認します。
開放骨折を見つけた場合は、整形外科に連絡して診療を依頼します
そしてシーネを当てておき、レントゲンを撮ります。
創部の細菌感染のリスクを考え、抗菌薬を静脈投与しましょう。

バタバタしていると忘れがちな、破傷風トキソイド(ワクチン)の筋肉注射も必ず行いましょう!
以前の破傷風のワクチン接種が不十分な場合や汚染創の場合では、テタノブリン(抗破傷風ヒト免疫グロブリン)の筋注も検討します。

背部の評価

背部の評価は、仰臥位の患者さんを持ち上げないと見られないため、観察には人手が必要で、「背面観察」とも呼ばれます。
「背面観察するから手伝ってくださ~い!」と手助けを依頼しましょう。

背面観察は、人数に余裕があれば、もっとも安定する「フラットリフト」で行うのがオススメです。
フラットリフトは骨盤骨折疑いのときは必須のリフト法となります。
フラットリフトをするには、最低でも5人の医療スタッフ+背面を実際に観察する医師1人が必要です。
頭に1人、左右胸背部に1人ずつ、左右の骨盤部と大腿に1人ずつです。
ただ、骨盤部と足を同時に持ち上げるのは結構大変なので、できれば両脚を持つ人が1人か2人欲しいところです。

人数が少ないときは、「ログロール」が良いでしょう。
ログロールは文字通り患者さんを丸太に見立て、ゴロンと横に向ける方法で、頚椎損傷疑いでフラットリフトができないときに行います。
ログロールは、最低3人の医療スタッフ+背面観察をする医師1人で行うことができます。
頭に1人、胸背部に1人、骨盤部と大腿に1人です。
ただ、フラットリフトほどではないにせよ、骨盤部と足を同時に持ち上げるのは結構大変なので、できれば脚を持つ人が1人いると楽です。
左右どちらかに痛いところがあれば、痛い方が上になるようにしてあげましょう。

背面観察は、バックボードを抜くときなどに一緒にやってしまうことが多いです。
患者さんをバックボードに乗せたままにしておくと、比較的早期に褥瘡ができてしまうという報告もあるので、必要がなくなったら早めに除去しましょう。
背面観察の前後では、バイタルサインを確認するようにしましょう。

なお、フラットリフトでもログロールでも、外傷患者の頭を持つ人は、頭だけを持ってはいけません
頭だけを持ち上げたら、頚がぐねっと曲がってしまうからです。
基本的に重症外傷の患者さんに対しては、頚椎CTで評価するまでは、頚椎損傷のリスクがあると思って診療を行いましょう。
具体的には、患者さんの両肩の下にあなたの掌を差し込む形で、左右から両腕で頚を、肘のあたりで頭を挟み込むようにして持ち上げます
これで頚を動かさいよう頚椎を保護しながら患者さんの頭を持ち上げることができます。

神経の評価

Primary surveyでのDの評価をもう一度繰り返しましょう。
そして四肢の感覚や運動障害がないかを確認します。
頚椎損傷が疑われる場合、フラットリフトやログロールの後に、症状が悪化していないかも再確認しましょう。

診療の忘れもの探し

最後に、診療で処置に見落としがないかを探しましょう。
処置の忘れもの探しは「FIXES(フィクサス)」と覚えます。

F:Finger 鼻、耳、口、NG・OGチューブ、直腸 →「すべての孔に指とチューブを!」
I :IV抗菌薬、IM破傷風トキソイド
X:X-ray、CT
E:ECG 12誘導心電図
S:Sprint スプリント固定

意外と忘れがちなのが、破傷風トキソイドと12誘導心電図です。

破傷風トキソイドの注射忘れは、とくに慌てて手術室に行ったり、治療目的で他院に転院をするときに発生しやすいです。

12誘導心電図は、不整脈やST上昇がないか確認します。
不整脈や心筋梗塞が原因で事故に遭った場合に異常がみられるほか、外傷による心筋挫傷のため心電図異常が見つかることもあります。
特に胸骨骨折がある場合は、胸部正中に強い力が加わった=心筋挫傷のリスクがあるので、心電図を注意して読みましょう。

Secondary surveyの所見まとめ

Secondary surveyの身体所見とレントゲンの再評価が終わったら、「Secondary surveyの所見のまとめをします」と宣言して、見つけた外傷の所見と、それに対する処置や検査を言います。

「Aの異常があり外科的気道確保を行いました」
「腹腔内出血によるCの異常と切迫するDがあり、Cの治療を優先します」
「胸部と腹部に打撲痕があるので、胸腹部CTを撮影します」
のような形です。

他には例として、
・左緊張性気胸→チューブ
・骨盤不安定骨折→TAE
・下肢開放骨折→圧迫止血、シーネ固定
などが挙げられます。

さて、外傷の治療のゴールは何だったか覚えていますか?
優先順に
①大量出血に対して手術または血管内治療で止血すること
②脳ヘルニアを解除すること
③骨折の整復をすること
でしたね。

Secondary sureveyで見つかった異常で、上記の治療が必要なものがあれば、外傷外科(外傷全般)、腹部外科(腹腔内出血)、脳外科(脳ヘルニア)、放射線科整形(バイタルが安定している動脈性出血)などの先生を呼びましょう。

その他注意事項

見落としがちな注意事項をまとめておきます。

・secondary surveyではprimary surveyで行った身体診察の内容も繰り返す
・バイタルサインに異常が生じた時は、必ずPrimaryのABCD評価に戻る

CTの評価

Secondary surveyの身体所見やレントゲン所見を元に、どの部位のCTが必要なのかを考えます。

例えば頭部外傷はもちろんのこと、鎖骨より上の部位に外傷がある場合は頸椎のCTが必要です。
ただし必要最低限の撮像範囲に絞ることに心血を注ぐよりも、多少オーバートリアージでも、少しでも怪しいところはCTで評価をする、というスタンスの方が安全です。
特に高エネルギー外傷が疑われる場合には、頭部の単純CTと頸部・腹部・骨盤部の造影CTを撮っても、やりすぎだと叱られることはあまりないと思います。
(もしもその状況で叱る人がいるとすれば、初療での多少の外傷の見逃しを入院後に注意深く診察を繰り返して発見・対処することまで織り込み済みの優秀な先生か、外傷診療を甘くみている不慣れな先生のどちらかでしょう……)

実はCTで見るべきところは、頭部CTを除けば、それまでにベッドサイドで行ったレントゲンやエコーとほぼ同じ場所です。
CTの見方については、ざっくり見るやり方だけでも記事がひとつ書けてしまうので、要望があればまた後日別記事で解説いたします。

以上が、一通りの重症外傷患者診療のやり方となります。

軽症患者さんでも同様の診療をしよう

ここまでの内容について、人形でのシミュレーションが終わったら、次は実際に軽症の外傷患者さんでも、ここで習う通りに診療を行いましょう
軽症外傷患者さんでもJATECガイドライン通りに診療することは、多くの救急医が研修医の先生にオススメしているので、聞いたこともあるかと思います。
実際、診察の初期段階では目の前の外傷患者さんが軽症か重症かなんてそう分かりません。
(筆者の経験上、研修医やスタッフが「軽症」と判断した患者さんの中で、診療途中でショックになったり、緊急手術が必要になった患者さんは枚挙にいとまがありません……)
軽症外傷患者さんを、ここまで学んだ重症外傷患者さんを診るJATECのやり方で診察するのは、医師にとってはもっとも勉強になり、そして患者さんにとってはもっとも安全な、効果的な手法といえるでしょう。

最低限カルテに書くべき所見まとめ

それでは最後に、重症外傷診療で、最低限診察して、カルテに記載すべきところをざっくりまとめておきましょう。
カルテは陰性所見を漏れなくしっかり明記するのが重要です

<カルテに最低限書くべき所見まとめ>
【primary survey】
A:気道開通、会話できるか、SpO2 %(O2 L投与下)
  ※Aに異常があれば →気管挿管、輪状甲状靭帯切開
B:体表の外傷痕(打撲痕と創)、呼吸数RR、胸郭挙上左右差、呼吸音左右差、皮下気腫、動揺胸郭、胸郭圧痛、気管の変位、頸静脈怒張、努力様呼吸
  ※Bに異常があれば →胸腔穿刺、チェストチューブ、フレイルチェストは陽圧換気で内固定
C:橈骨触知、脈拍HR、血圧BP、皮膚の冷感湿潤、外出血(あれば圧迫止血)、CRT<2秒、FAST 1回目
  ※Cに異常があれば →輸血オーダー、心嚢穿刺、TAE、緊急開胸・開腹術など
D:GCS 瞳孔径、対光反射、片麻痺
E:脱衣、体温℃、保温開始 

<レントゲン>
胸部Xp:大量血胸・気胸・肺挫傷・多発肋骨骨折、縦隔拡大、横隔膜異常
骨盤Xp:不安定骨盤骨折 

【Secondary survey】
頭:頭部打撲痕・パンダ目・バトルサイン、口腔内出血、開口・咬合障害
頸:皮下気腫、気管偏位、後頚部正中圧痛、僧帽筋圧痛、血腫
胸:肋骨圧痛、皮下気腫、鎖骨圧痛
腹部:圧痛、肝叩打痛、脾叩打痛、腎叩打痛
骨盤:腸骨翼圧痛、恥骨結合圧痛、恥坐骨圧痛、仙骨圧痛、仙腸関節圧痛、尾骨圧痛、大腿骨骨頭叩打痛
会陰部(必要時):尿道出血・陰嚢血腫、直腸診肛門括約筋収縮、腸管粘膜の不連続性、前立腺高位浮動
背部:打撲痕、椎体叩打痛、仙骨・仙腸関節圧痛
四肢:出血、痺れ、疼痛、足背動脈触知、他動的可動域制限、肘関節MMT、膝関節MMTなど
神経:意識障害、片麻痺など 

<CT>
頭頚部:脳出血・骨折など
胸腹骨盤:肺挫傷・血胸・気胸、肝・脾・腎・腹腔内血腫、骨折など 

<他部位レントゲン>
四肢など:明らかな骨折、異物など 

※所見がない場合(陰性所見)も「〇〇なし」とカルテに必ず書くこと!

慣れないうちは、上記の内容をメモにポケット忍ばせておいて、ひとつひとつ確認しながら診ていきましょう。
(スマホでこのページをブックマークしておいてもOKです。)
カルテにも同じ内容をテンプレートとして登録しておくと便利ですが、その場で記載する余裕はないのであしからず。
重症外傷診療を自分がメインで診る場合、カルテ記載は後回しとなることがほとんどです。
カルテ画面に気を取られ、患者さんから目を離している間に患者さんが嘔吐し窒息! あるいはいつのまにかショックに!
……なんてことにならないよう十分気をつけましょう。

ここまでの記事を読んで、外傷診療をもっと勉強したくなったら、まずは箕輪良行先生監修の 「Primary-care Trauma Life Support 元気にする外傷ケア」が入門書として最適だと思います。
重症外傷について何も知らない医療従事者でも、最低限の外傷診療が一人でこなせるよう、ここでは解説しきれなかった各論も含めて丁寧に書かれています。
2023年に第2版が出たばかりなので、買った途端に改訂版が出る心配はなさそうです(笑)。

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参考文献

  1. 箕輪良行(監修), 「Primary-care Trauma Life Support 元気にする外傷ケア 第2版」, 2023
  2. 日本外傷学会・日本救急医学会, 「外傷初期診療ガイドラインJATEC」, 2021
  3. 日本救急医学会, 「医学用語解説集」, https://www.jaam.jp/dictionary/index.html
  4. 林 寛之, 「特集 やってみて覚えよう救急医療 重症外傷の初期評価」, JIM 10巻7号, 2000, https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1414903030
  5. Scott MS, et. al. Guidelines for Field Triage of Injured Patients: Recommendations of the National Expert Panel on Field Triage, 2011
  6. 工藤 大介, 日本救急医学会総会・学術集会 救急科領域講習13, 「大量出血を伴う重症外傷に対するこれからの輸血戦略」, 2024
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